長崎大学 寺島実郎リレー講座 第3回 アフガニスタンの安定化

長崎大学主催の寺島実郎責任監修リレー講座 第3回は、アフガニスタンの武装解除の日本政府特別代表を務めた伊勢崎氏です(今回の文は長いので、中見出しをつけてありますが、これは私がつけたものです)。<セミナーデータ>
タイトル:寺島実郎責任監修リレー講座「世界の構造転換と日本の進路」
第3回「対テロ戦とアフガニスタンの安定化、日本はどう向き合うべきか?」
講師:伊勢崎賢治氏(東京外国語大学大学院教授)
日時:2010年10月21日 (木) 15:30~17:00
場所:長崎大学
主催:長崎大学 共催:長崎新聞社

伊勢崎賢治氏の話
◆日本の援助を受けながら長期戦略をとってきた中国◆

リレー講座ということで、前回の議題にあった中国についてお話ししたい。
僕の国際的なキャリアはインドから始まっており、その後、30代の10年間はアフリカ大陸で暮らした。
中国はその時代、1980年、90年代から、アフリカで、資源戦略、エネルギー戦略を行なっていた。今、アフリカ大陸は中国なしには考えられない。ある意味で、新しい帝国主義という批判もあるぐらい、中国に依存している。
中国は、アフリカ大陸のほとんどの国に大使館をもっている。日本はその半分ぐらい。

80年代、日本の総合商社たちはアフリカから店じまいをして出て行った。だんだん日本の経済そのものがリスクをとらなくなった。アフリカのような、不安定な国が多いところはハイリスク・ハイリターンだが、日本人にはリスクをとって商売をしようという気概がなくなってきた。
中国人はずっと気概を持ち続けてきた。中国は、日本の援助を受けながらアフリカを援助してきた。それに対して、我々は批判精神もないまま過ごしてきた。

今日お話をするアフガニスタンにおいても中国の存在は大きい。
アフガニスタンにおいて、僕は武装解除、つまり武器を回収したが、武器の半分以上が中国製だった。


◆脆弱な国境「デュラン・ライン」と最大部族パシュトゥン族◆

アフガニスタンは中国とも接しているが、西にイラン、北にトルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、東南にパキスタンと接している。

パキスタンと接する地帯は非常にホットだ。
アフガニスタンとパキスタンの国境は通称「デュラン・ライン」と言われるが、国際的な国境にはなっていない。政治的、外交的に、非常に脆弱なところだ。
1世紀ぐらい前、まだパキスタンが英国領インド帝国だった頃、イギリスがアフガニスタンに攻めようとして痛い目にあった。部族の抵抗でイギリス軍8万が退却しなければならなかった。そこで人工的に引いたのがこの線だ。

アフガニスタンで40%を占める最大の部族は、パシュトゥン族。パキスタンでもパシュトゥン族は有力部族だ。
パシュトゥン族にっとって、この線は民族の分断であり、彼らにとってこの地はアフガニスタンでもパキスタンでもなく、パシュトゥニスタンという考えがまだずっと残っている。

アフガニスタンの現在の大統領、カルザイ氏もパシュトゥン族。アフガニスタンにおいては、大統領も最大民族のパシュトゥン族でないと治めにくいのだ。


◆テロをやっていないアフガニスタンを報復攻撃する◆

今日は、対テロ戦について話をする。
「テロリスト」という言葉を使うが、この言葉は嫌いだ。いったい誰がテロリストと決めるのか。アメリカが決めるわけだが、現場の人にとっては「フリーダムファイター」かもしれない。テロリストという言葉は便宜上使うが、僕の真意ではない。

今、アメリカが戦っている大きな戦争2つのうち1つが、アフガニスタン。イラクは少し収束する感じになっている。オバマ大統領の一番の頭痛の種が、アフガニスタンだ。

9.11が、国際政治をガラリと変えた。テロ事件を戦争に昇華させたのがブッシュ前大統領だ。テロを起こしたのはアルカイダであり、タリバンではない。

アルカイダは、オサマ・ビン・ラディンを精神的な支柱とする国際テロ組織。彼らの目標はアメリカの殲滅、そして、地球上のムスリムの精神的なアイデンティティをくすぐる、パレスチナ問題の元凶であるイスラエルを粉砕すること。

タリバンは、アフガニスタンを統一していた政権だ。彼らの目的は、アフガニスタンを、イスラムのシャリア法を基調とする国家にすること。彼らのいう純粋なイスラム国家、政教一致の国家をつくること。それだけだ。

9.11の翌月からアメリカ合衆国は報復攻撃を開始する。戦争だから敵国が必要だが、その相手は、テロをやっていないアフガニスタン。当時の政権がタリバン政権だ。
アメリカは空から爆弾を落とし、一般市民を巻き込む手法をとった。

地上戦で、アメリカは、米兵を1兵たりとも使っていない。
地上戦で戦ったのは、じつは、アフガン人の軍閥だ。


◆最初は世直し運動だったタリバン◆

もともとアフガニスタンの歴史は、内戦の歴史で、安定したことは1度もない。その元凶が、軍閥たちの覇権争いだ。

仲の悪い軍閥たちだが、一時的に一致団結することがある。
1回目が、ソ連という共通の悪魔が来たとき。そのときは、軍閥たちが一致団結して、ジハード(聖戦)を戦った。アメリカのCIAも応援してソ連を追い出した。その後、ソ連は崩壊した。
しかし、それで「めでたしめでたし」にはならなかった。軍閥たちは、共通の敵を失うことによって、また内戦状態になり、国は荒廃した。

その間隙をぬって現われたのが、タリバン運動だ。タリバンが現われたとき、アフガンのほとんどの一般市民は、これをサポートした。
タリバンは最初、世直し運動だった。腐敗し、荒廃した社会を元に戻そうという運動だったのだ。

しかし、タリバン政権は、西側の価値観に逆らうようなことをやり始めた。たとえば、我々から見ると、女性差別のようなことをやり始めた。公開処刑も、我々の世界では拷問にあたる。それで、タリバンはどんどん国際社会から孤立していった。

そして、世界を敵にまわしたのは、彼らが、国際テロ組織、アルカイダを、イスラムの客人として保護し続けたことが原因だ。
もしこれをしなかったら、アメリカは、タリバン政権をそのまま何もせずに放っておいただろう。たとえば北朝鮮と同じように、問題だと思いながらも、戦争をするほどでもないと考えただろう。タリバンのミステイクでもある。

アメリカの報復攻撃は、1カ月も経ずに決着がついた。2001年の終わりにタリバン政権は崩壊した。

タリバン政権を倒したのは、アメリカ軍ではない。同盟をつくった9つの軍閥たち。
対タリバンということで結集し、北部同盟をつくって、アメリカとともに戦った。アフガン人がアフガン人をやっつけたのだ。


◆タリバン政権は崩壊したが、軍閥による内戦が再開した◆

タリバン政権の崩壊で、アメリカ、そして国際社会は「戦争は終わった。勝った」と思った。けれども、そうはいかなかった。
軍閥がまた覇権の取り合いをしたからだ。タリバン政権崩壊後、軍閥は出身地に帰り、ケシ、麻薬の栽培をせっせと始めた。武器を買い、兵を増やし、軍閥同士の全面戦争になった。
軍閥の1人、ウズベキスタン出身のラシッド・ドスタムは、閣僚の1人になったが、戦争犯罪でいうと、タリバンよりひどいことをしている。

2002年の1月に東京で「アフガン復興会議」が行なわれた。アメリカと国際社会はアフガニスタンをゼロから建国するというイメージ操作が行なわれたが、じつは、アフガニスタンでは内戦をやっていたのだ。
個々の軍閥は強大な軍事組織をもち、敵対して戦争をしていたが、このことは隠ぺいされた。

整理すると、
アフガニスタンは、9.11の前はタリバン政権だった。
タリバン政権は、アルカイダを囲った。
そのアルカイダがアメリカに、9.11同時多発テロで本土攻撃をした。
それに怒ったアメリカが、報復攻撃をした。その相手はアルカイダではなくて、アルカイダを囲っていたアフガニスタンのタリバン政権。
アメリカはアフガンを空から侵し、地上戦を戦ったのは、同じようにタリバンを敵と見なす9つの軍閥たち。彼らが結集して、北部同盟をつくり、勇敢に、残虐に戦った。
そして、タリバンをパシュトゥンの故郷である国境付近に追いやった。
タリバン政権は崩壊、戦争に勝ったと皆信じたが、じつはそうではなかった。

この状態で、日本はアメリカに、ある協力を強制された。
日本政府は、にっちもさっちもいかなくなったところで、そのオペレーションを、僕に依頼してきた。


◆アフガン建国において、日本が引かされたカード◆

アメリカは、アフガン建国にあたってひとつの青写真を描いた。
それは、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・アフガニスタン」をつくること。つまり、民主主義が一度も根付かなかったこの土地に、親米の民主主義国家をつくることだった。
それは、このときから今まで一貫したアメリカの考えだ。

民主国家をゼロからつくるときには、銃ではなくて、法によって支配される国家を目指す。しかし、紙に書いた法だけでは、実効力をもたない。実効力をもたせるには、2つのことが必要だ。
1つは、外敵から国民を守る「国軍」で、もう1つは、市民を日常の犯罪から守る「警察」だ。この2つの暴力装置が、皆が認める1つの権力によって独占されている状態、これを秩序という。この、暴力装置を1つの権力に集中させる作業が、アフガニスタンにおいて一番難しかった。

なぜかというと、首都カブールの中央暫定政権が一番弱く、まわりに武力も経済力も凌駕するような9つの軍閥の侯国があったからだ。何とか政治的な交渉で彼らの武装解除をし、権力を新しい中央政府に集中させたい。
アメリカはこれらの役割を分担した。

国軍建設はアメリカ自身が、警察再建はドイツが、そして武装解除(DDR)はどういうわけか日本がやる羽目になった。アメリカは誰も引きたくなかったカードを日本に引かせたのだ。
なぜ日本は、カードを引いてしまったのか。
この決断は、田中真紀子氏が更迭されて、右も左もわからないうちに、最初の大きな決断を迫られた川口外相が引き受けてしまった形だ。

そして、この武装解除が、日本政府が僕に依頼してきたオペレーションだ。


◆日本は当初の期待を裏切り「武装解除」を完了した◆

しかし、アフガンは、イスラムの戦士の土地。アフガンの農村では今でも、男の子は、12、13歳で、いわゆる元服をする。最初に習うことは、カラシニコフAK-47、旧ソ連製の自動小銃の使い方。妹、お母さんを守るために、お兄さん、お父さんから習うのだ。

そんな土地で、我々は、武装解除という言葉を使わなかった。文化に反する、タブーだからだ。

しかし、日本は、当初の期待を裏切ってうまくやった。約2年間かけて、皆さんの血税をODA予算として、約100億円を使い、武装解除を完了した。

我々が武装解除のなかで一番注目したのは、戦車、大砲のような重火器
カラシニコフAK-47は家庭用品。日本の包丁と同じ感覚で、アフガンの家庭には銃がある。家庭の道具だから、こういうものを相手にするときりがない。
しかし、重火器は、これをいくつ保有しているかで、軍閥は力を誇示していた。重火器を彼らの手から離して、政府の新しい国軍におさめる。我々はこの作業をやったのだ。

そして、軍閥では将軍などの位がついていた人も一般市民に戻した。兵士も一般人になった。
銃による小競り合いは起きても、戦争兵器を使って内戦が起きる状況はもうない。

この武装解除の後、選挙が実施された。

武装解除は、通常、国連がやる場合は、現役の軍人、長官が、非武装で行なう。多国籍の軍人たちはチームをつくり、信頼醸成の要として、現場に戻る。
なぜ、信頼醸成が必要か。それは、当たり前だが、皆、武装解除したくないからだ。

最初1%の武装解除を交渉する。交渉というのは、武装解除の後には、バラ色の人生が待っていると半分嘘をつくわけだ。リーダーたちに関しては、連立政権ができれば、それなりのポストを用意すると、ニンジンを見せる。

ニンジンは武装解除の後でないとかじれないので、勇気が要る。最初は兵力の1%だから腹は痛まない。それを2%、3%と増やしていく。
とくにこの場合は敵対勢力が戦争をやっているので、皆、まわりを見る。「俺が1%武装解除するんだったら、隣もしろよ」と皆、均等にやる。

そういうときに、現場でレフリーが必要だ。誰かがポンコツの武器を出すなどしたら、信頼醸成が得られない。レフリーは、軍事知識のある現役の将官たちで、非武装が原則だ。相手を非武装にさせるわけだから、監視する我々もそうでないといけない。

このとき、日本はリードをとり、駐在武官、一等陸佐を含め、他国の武官が参加してくれた。


◆「美しき誤解」で成功するも、問題発生◆

武装解除において、誰が中立性を提供したか?
普通は国連だが、1加盟国のアメリカの戦争の場だから、国連は黒子に徹している。アフガンにとって中立性をとったのは日本だ。

中立性は、しかし、「美しき誤解」といえる。
アフガン人は、日本人を同じアジアの同胞、日本はアメリカから独立した経済大国だと思っている。広島、長崎のことも知っているし、日露戦争で勝った勇敢な国だと敬愛している。

アメリカの軍事関係者は、この日本の貢献を、対米軍事的貢献と明確にとらえている。現在、対テロ戦の最前線で戦っているのは、我々が武装解除したことによってつくられた正しい国民の兵士たちだから。

僕は、ブッシュ政権の戦略に対して貢献した「悲しき共犯者」である。けれども、アフガニスタンに何らかの統一国家をつくらなければという危機感をもっていた。今でももっている。アメリカの間違った戦争を1日でも早く終わらせるためには、アメリカと手をつなぐしかない。

しかし、問題があった。
当時、軍閥たちは、自分たちの拠点を守りたいから、武装解除されたくないと同時に、「我々がいなくなったらタリバンが戻ってくる」と言って抵抗していた。
「そんなことはない。新しい国軍をつくるから大丈夫だ」と説得したが、それはうまくいかなかった。

北部同盟の旗をなくしたら、力の空白が起こって、タリバンが戻ってきた。現在、アフガニスタンの国土の約8割以上がタリバンの実効支配下にある。
軍事的な支配ではない。軍事的には負けない。こちらは最新鋭の武器、タリバンは家庭用武器だ。しかし、そういう相手に対して負けているのだ。

どういうことかというと、村では日常生活でいろんな問題が起こる。たとえば、乱暴者が悪いことをする。それを警察に報告しても何もしてくれない。賄賂を要求してくる。
ところが、タリバンの実力者である宗教指導者に報告すると、ピタッとおさまる。現政権が、裏の支配に変わる信頼醸成を提供できていない。


◆日本はなぜ法的根拠のない戦争に協力するのか?◆

アメリカが報復攻撃をすることによって始まったアフガン戦争は、今も「OEF(不朽の自由作戦)」が続いている。OEFは、NATO(北大西洋条約機構)の指揮下にある。NATOにとって、この戦争をやる法的な根拠は、NATO条約第5条(集団的自衛権)にある。アメリカの敵はNATOの敵ということだ。

もうひとつ大きな軍事オペレーションがある。「ISAF(国際治安支援部隊)」だ。こちらの法的根拠は、国連憲章第7章。国連が承認した軍事オペレーションだが、PKOではない。

国連が認めるオペレーションには2種類ある。国連が認めて自ら指揮をとるもの、PKOと、国連が認めていても、NATOのような軍事同盟が指揮をとるもの。
「ISAF」は、戦争ではなく、治安維持だ。国連は戦争を承認しない。

しかし、OEFは戦争だ。小泉政権の日本は、この戦争への支持を一番最初に表明した国だ。そして、「OEF-MIO(海上阻止作戦)」への自衛隊による協力、つまり、インド洋での給油活動がずっと続いていた。民主党にかわって今年の1月にやっと終わった。

これは、国際社会で働く日本人が外国人に質問されることだが、「日本はなぜ同盟関係にもないNATOの戦争に協力しているのか」と、外国人には奇妙に思われている。
僕は、法治国家である日本は、法的根拠のないことは絶対やるべきではないと思う。


◆アフガニスタンの3つの戦線◆

現在、アフガニスタンには3つの戦線がある。北部戦線、中部戦線と南部戦線だ。すべてが国境沿いだが、敵が違う。

北部は、ヘクマティアル派。タリバンではない。僕らが武装解除しそこねた、血も涙もない軍閥だ。

中部は、ハカニ・ネットワーク。元タリバンの幹部だ。パキスタンの情報組織ISIは、CIAにあたる情報組織だが、タリバンをつくったといわれている。そのネットワークはまだ生きていて、世界中からの義勇兵がパキスタンを通じて最前線に送られている。

南部が、元タリバン政権になっていた、元祖タリバン。“政府系”不法武装集団といわれる。この政府系の政府はカルザイ政権。軍閥は、軍人ではないが、一般市民になったわけではない。それぞれの土地で、お金と力をもっており、親分子分の関係は続いている。軍閥が親分で、子分は地方警察。軍閥はしがらみによって議員になっている。

テロ組織の資金源は麻薬といわれているが、現政権の閣僚によって、半分以上の麻薬ビジネスが動いているのではないか。味方のなかに敵がいる状態。今のカルザイ政権は、地上の中で最も腐敗した政権といわれている。


◆窮地に陥るアメリカと、核を保有する破たん国家・パキスタン◆

オバマ大統領の戦略について話したい。
基本的にはブッシュ前大統領と変わらない。まず行なったことは、米軍増派で、1万7000名。これは、昨年8月のアフガン大統領選挙を成功に導くためだ。選挙の実施で、アフガニスタンの民主化がうまくいっていることを米国民に納得させたかった。そのための増派だった。

しかし、失敗した。投票率は1回目の3分の1。タリバンの脅迫に負けた。タリバンは、投票に行けば、腕を切り落とすぞと言って選挙民を脅したのだ。

2度目の増派はさらに3万人プラス。去年の暮れからやり始めた。
いまアフガンの戦争を一番終わらせたいと思っているのは、オバマ大統領とアメリカ国民だ。

1回目の増派でもアメリカ国民は反対したのに、2回目はもう完全にベトナム化している。古い悪夢に苛まれる。だから、オバマはひとつのことを宣言した。2011年7月には撤退を開始すると明示したのだ。
撤退時期を明示した増派は意味をなさない。皆、パキスタンに逃げればいいからだ。
これは軍事戦略的には完全に崩壊している。でも、これを言わざるを得ないくらい、アメリカは窮地に陥っている。

この戦略は、パキスタン軍が挟み撃ちにしてくれないと意味をなさない。だからアメリカはパキスタンに対して、そうとう大きな軍事協力をしている。
しかし、親米路線をとる現政権に対して、パキスタンの国民は徹底した反米で、そういう人たちの中にテロ組織がある。国家は内側から崩壊する。ただの破たん国家ではなく、核を保有する破たん国家だ。

オバマ大統領がプラハ宣言をしたのは、このパキスタンの核を心配していたからだ。パキスタンの核は軍が管理しているが、もし国が内側から割れて、核がテロ組織にわたったら、次の9.11は核攻撃になる。それを一番心配していたわけだ。


◆苦し紛れにタリバンとの和解を考えるオバマ大統領◆

アフガン治安部隊を倍増する計画だが、アフガニスタンは、最貧国のひとつ。軍事費は一番大きな重圧になる。

2003年当時、どれくらいの国軍をもたせるのが適当なのか、計算した数字は7万。
しかし、タリバンが復活してきたので、2005年に8万にした。
2009年、ブッシュ政権の終わりには、13万5千。
いまオバマは23万5千にと考えている。これが実施されたら、人口比に対する兵士の数が地上でもっとも多い、一大軍事国家になる。

2001年タリバン政権を崩壊させた北部同盟の兵力は、じつは5万以下だった。
新しい国軍は13万。アメリカ軍を含むNATOの地上部隊は14、15万。それでも負けそうなのだ。

その理由のひとつとして、アフガニスタンは、我々が国際協力という枠組みの中で経験したことのない、破たん国家であることが挙げられる。「人類史上最強の麻薬国家」なのだ。

そして、オバマ大統領は苦し紛れに、タリバンと和解をしようとしている。

じつは、ブッシュ政権のときから、カルザイ氏は、タリバンとの対話の努力をし、穏健派タリバンを政治参加させることなどを考えていた。
2005年には、恩赦法を行ない、欧米社会を震撼させた。戦争犯罪を許して、どうして国際社会のモラルを維持するのか、と。
いま、カルザイ氏は、タリバン下級兵士の社会復帰事業を行なっている。幹部に対しては、ポストを用意するなど、政治的な和解をしようとしている。

国際社会を巻き込んで、タリバンと和解をしようとしているが、和解の実現性はないと、僕は思う。負けているのは我々なのに、あちらは勝つと思っているのに、どうやって和解をするのか。和解は無理だろう。
誰が仲介するのか。日本のはずだったが、失敗した。

戦闘をやめることはできない。テロリストに対して戦争をしかけたのに、無条件降伏したらどうなるか。しかし、戦闘を続けながら、どうやって和解をするのか。


◆我々の血税はすべてテロリストに渡る◆

現場の戦略家、NATOと米軍の幹部たちが、もしかしてアメリカの政治家がこれをやるのではないかと一番恐れている政治決着は「Divide & Exit」だ。つまり、アフガンを分断させる。カルザイ政権と、タリバン自治区に分けて、NATOは引くというものだ。
パシュトゥニスタンを正式に認めたら、そこはテロリストの温床になるだろう。無責任な撤退であり、最悪の結果が待っている。

下級兵士対象の社会復帰事業も、これは逆効果だ。タリバンをやめたふりをして、恩恵を得て、帰っていく。テロ組織に恩恵を与えるだけだ。

いま日本は、選挙公約で、インド洋の給油活動は停止した。
そのかわりに、オバマ・鳩山合意で、アフガン支援に関して、5年間で50億ドルを出すことになった。給油活動の年間予算の10倍だ。外務省とも、JICAとも、国連とも相談せず、決めている。
今年の当初、前年度第2次補正予算のなかで、500億円を出す内訳をひねり出した。すなわち、治安分野支援、元タリバン兵の社会復帰支援、その他民生支援の名目だ。
こんなことをする先進国は日本以外ない。アメリカもやらない。アメリカの国民が反対するからだ。

いまもっとも地上で腐敗している警察がアフガンの警察であり、我々の血税はすべてテロリストに渡る。
給油活動は、法的な根拠がないことから僕は反対したが、害はなかった。しかし、これは大変な害になるから、すぐ止めるべきだ。

では、どうしたらよいか。
その話をしようと思ったが、できなかった。
最近本を出した。こういう状況で何をしたらよいかを実際に計画し、提案して、ホワイトハウスまで行って、動かし損ねた美しい案があるが、それについて書いてある。

日本が、なぜ当事者としてアフガニスタンを考えなければいけないのか。
一番大切な同盟国であるアメリカがこれだけ苦労しているということもあるが、核がテロリストに渡ったら、もしかしたら、日本もターゲットになるかもしれない。それを我々がどれだけ現実性をもって考えられるか。
それによって、こういった間違った血税をやめさせるような、もう少し現実性をもった世論ができることを望むばかりだ。
(以上)

          ◆ ◆ ◆

伊勢崎氏の話は多岐にわたっています。さらに、時間切れになり「できなかった話は、本を読んでください」ということになりました。
そこで、講演後に大学生協に寄り、本を入手し読みました。
その内容は、次回のブログに載せます。⇒掲載しました(伊勢崎賢治氏の「アフガン戦争を終わらせる」ための本

■「長崎大学 寺島実郎リレー講座」のブログ
・第1回「2010年、世界の構造転換と日本の立ち位置」寺島実郎氏(日本総合研究所理事長 三井物産戦略研究所会長 多摩大学学長)
・第2回 第1部「上海万博後の中国経済の行方」沈才彬氏(多摩大学教授)
・第2回 第2部「いまなぜ『アジア太平洋(Asia Pacific)』か」坂本和一氏(立命館アジア太平洋大学初代学長)
・第3回「対テロ戦とアフガニスタンの安定化、日本はどう向き合うべきか?」伊勢崎賢治氏(東京外国語大学教授)
・伊勢崎賢治氏の「アフガン戦争を終わらせる」ための本
・第4回「生命から見直す現代社会 -日本文化を活かす-」中村桂子氏(JT生命誌研究館 館長)