映画「ボレロ 永遠の旋律」命のダイナミズムが人を惹きつける?

不思議な名曲「ボレロ」

映画「ボレロ 永遠の旋律」を観ました。
世界で15分に1度の頻度で演奏されているという「ボレロ」の作曲家、モーリス・ラヴェルが主人公です。

ボレロは有名な曲ですが、ラヴェルの他の曲はほとんど知られていないのではないでしょうか? せいぜい「左手のためのピアノ協奏曲」の曲名を聞いたことがあるぐらいかも。

ボレロは、不思議な曲です。
私が初めて聞いたのは、小学生のときです。当時、バイオリンを習っていたので、いろいろなクラッシックの曲を聞いていました。
同じ旋律がひたすら繰り返され、クレッシェンド(だんだん強く)が続きます。

オーケストラでは、フルートから始まり、木管楽器、金管楽器のソロが続き、弦楽器が加わり、音が大きくなっていきます。
私は、中学生のときは、オーケストラ部でフルートを吹いていたので、当時、ボレロも試しに吹いてみました。フルートの曲やフルートのパートは、指を速く動かさなければならないものも多いのですが、曲がゆっくりしていて、難しくはありません。

ラヴェルにとっては不本意な曲だった

ラヴェルは、バレエの曲を依頼されたものの、スランプで一音も書けず、他の曲を編曲しようとしていたのを断念せざるを得ず、締め切りが迫るなかでの苦し紛れの思い付き的な曲がボレロだったようです。
それまでラヴェルは時間をかけて曲を作っていたのに短時間で作っており、技術的にも納得していなかった様子です。

ラヴェル自身がボレロについて「真の意味での形式も展開もなく、転調もほとんどない」「たったひとつのゆるやかで長いクレッシェンドが続くだけの“音楽のないオーケストラの組織”なのだ。音楽の中に対比は含まれていないし、作曲プランとその実現方法以外に、実質的に何の発明もない」と語っていることが、映画のパンフレットに書いてあります。

さらに、ラヴェルは、ボレロを工場の機械の音のようなダイナミズムとして捉えて欲しかったのに、曲を依頼したダンサー、イダ・ルビンシュタインから官能的と捉えられ、挑発的なバレエだったので、憤りをぶつけています。

しかし、芸術作品は、時間をかけて努力し練りに練って創ったものより、インスピレーションが沸いて短時間で出来たもののほうが魅力的だったりすることはよくあります。

さらに、この曲のダイナミズムを、ラヴェルもイダも自分の好みで捉えているだけではないかと、私は思います。
「工場の機械」と「人間」は、真反対のようでありながら、機械が製品を生み出していく工業のダイナミズムと、人間の命のダイナミズムは、共通している気がします。

雑誌の取材などで、大きな工場などに行くと、なんだかすごいなあと思えたので、ラヴェルの感覚はよく分かります。

ラヴェル自身も「ダイナミズム」に魅かれていた?

この映画では、ラヴェルは繊細でストイックな感じに描かれています。
バレエの曲を依頼したダンサー、イダが大胆で官能的なのと対照的です。
そして、ラヴェルの親しい友人でミューズ的なミシア・セールは華やかな人ですが、傷つけ合わないようラヴェルとは距離をとっている感じがします。思わせぶりなのに、ラヴェルが勇気をもって距離を詰めようとしてもはぐらかし、自分から距離を詰めようとしてはラヴェルに拒否されたりしています。

ボレロは、ラヴェルにとっては当初は納得がいかないまま、初演から高い評価を得ていますが、人をひきつける魅力は、クレッシェンド的なダイナミズムではないかと私は思います。
そして、ラヴェル自身もダイナミズムに魅かれていたのでしょう。

ラヴェルは「現代の機械の物語を我々の子孫に伝えていかなければならない」「音楽家たちがすばらしい工業の発展を音楽にしていないのは驚くばかりだ」と言っています。

工業のダイナミズムは、いっけん無機質ですが、工場は人間が作り、人間が使う製品を作っています。工業の力強さ、変化と進化は、じつは人間の力強さ、変化と進化なのです。

ボレロの旋律は続く

この映画の最後で、パリ・オペラ座の元エトワール(最高位のダンサー)、フランソワ・アリュが、オーケストラが演奏するなか、飛ぶように踊りますが、じつにダイナミックです。

ボレロのダンサーといえば、「愛と哀しみのボレロ」ジョルジュ・ドンのイメージが強く、そのボレロの振り付けをしたモーリス・ベジャールが有名です。

私は、シルヴィ・ギエムのボレロがしなやかで美しくて好きですが、ギエムもベジャールの振り付けでのボレロです。ギエムはパリ・オペラ座時代から「100年に一度の天才」と言われ、ボレロに限らず美しいですが、2015年の年末に引退しています。

日本でべジャールからボレロの指導を受けた最後のダンサーと言われている上野水香氏も素晴らしいです。

ラヴェルは1937年に62歳で亡くなり、ドンも1992年に45歳で亡くなり、ペジャールも2007年に80歳で亡くなっていますが、ボレロは今後も演奏され、バレエを含めた踊りも続くのでしょう。