ご褒美で子どもの脳がよく働くようになる?

タイの大学による大規模な比較研究

この前の日曜日(9/1)は、午前中が「振り返りシェア会」で、午後は英語論文を読む会「ジャーナルクラブ」でした。

ジャーナルクラブの担当は私で、選んだ論文は「幼稚園児の物質的インセンティブ動機づけとワーキングメモリーのパフォーマンス 大規模ランダム化比較試験(Material Incentive Motivation and Working Memory Performance of Kindergartners: A Large-Scale Randomized Controlled Trial)」。

つまり、幼稚園児にご褒美(インセンティブ)を与えると、脳のワーキングメモリーのパフォーマンスがよくなるのかという、タイの大学による大規模な研究です。
ワーキングメモリーは、一時的に覚えて処理する能力で、たとえば電話番号を覚えて電話するとか、複数のタスクを与えられた際、それらを正しくテキパキとこなすなどです。

ランダム化比較試験(RCT)は、同じ条件で、するグループ(介入群、実験群)と、しないグループ(対照群)に分けて、効果にどれくらいの差があるのか比較するというものです。
RCTは、信頼性の高い、もっともグレードが高い論文となっています。

すぐにもらえるご褒美に子どもはピンと来るのか?

私は、人のモチベーションと行動に興味をもっていて、どうしたら楽しくサクサクと動いて結果を出せるのかという、セルフマネジメント、チームマネジメントをテーマにしています。

その際、子どもは大人とは違い、大人ほど未来や過去を意識せず、「今、ここ」に生きています。ある意味、「マインドフルネス」と言えるでしょう。

そのため、「この前、寒かったでしょう。上着を持って行きなさい」などと、過去のことを言われてもピンと来ないし、「今、これをすると、将来、いいことがあるよ(今、これをしないと、将来、良くないことがあるよ)」と、ずっと先のことを言われても、ピンと来ません。

それでは、結果を出せば、すぐにもらえる「ご褒美」という、外発的動機付け(外部からの動機付け)による影響(効果)はどうなのかなと思い、この論文を選んでみました。

この論文は、タイの7123人の園児を対象とした調査です。
園児にやってもらうことは、数字の列を10秒間見て、さらに10秒間待ってから、順番または逆順に言うことです。2桁の数字から始まり、最大10桁まで2回間違うまで続けます。「456」という数字なら、順番は「456」、逆順は「654」です。

片方のグループ(介入群、実験群)には、先にご褒美が出ることを伝え、正解数に合わせて、お菓子や文房具などのうち、好きなご褒美が与えられます。もう片方のグループ(対照群)には、何も言わず、ご褒美も出ません。

子どもの属性を問わず、若干の違いが出た

この実験では、ご褒美が出るグループのほうが、若干、結果がよくなっています。
ご褒美が出ないグループの平均は、順番が3.468桁、逆順が3.023桁に対して、ご褒美が出るグループの平均は、順番が3.602桁、逆順が3.161桁で、3.86%と4.56%ほどの違いです。

この結果は、子どもの年齢、就学準備の状況、注意力、家庭の裕福さ、養育者の学歴などの属性とは関係なく、ご褒美が出るグループのほうが高くなっています。

ちなみに、ワーキングメモリーのパフォーマンスだけで言うと、子どもの年齢が上がるほど高くなり、就学準備が出来ているほど高いです。就学準備は、読み書きと算数で判断します。

ご褒美を与えられなかった子どもの成績と、与えられた子どもの成績の違いは、年齢にすると5~7カ月分で、たとえば、5歳の子どもが、ご褒美を与えられると、5.5歳のご褒美なしの子どもと同じパフォーマンスになるということです。

「ご褒美で子どもの脳がよく働くようになるのか?」
結論としては、若干よく働き、それは、子どもの属性(年齢、就学準備、他)を問わないが、画期的に伸びるというわけではないということになります。

常識を覆す研究結果もある

今回の実験のご褒美は、物質的なもの(お菓子や文房具)でしたが、ソーシャルサポート(励ましや肯定的な評価、アドバイス)など、異なる動機付けを行なう研究も行なったほうがよいということで、論文は閉められています。

論文は、各研修者が自分のテーマに関連する先行研究論文(先人の論文)を調べたうえで、「こういう実験をしたら、こういう結果になるのでは」という仮説にもとづいて、協力者を募り、時間と労力をかけて実験し、データを精査し、結果をまとめています。

とくにRCTの論文は、両方のグループが同じ属性になるように分け、盲検化し(参加者が、どちらの群か分からないようにする)、結果を比較しますが、結果が有意(統計学的に偶然ではなく、意味があると考えられること)ではなかったりもします。

世界中でいろいろな研究がなされ、日々、たくさんの論文が発表されています。
なかには、世の中で「常識」になっていることの根拠がなかったり、最近では逆の結果が出ていたりもして面白いです。

論文勉強会は、オブザーブ参加もできますので、一度参加してみてください。