中国関連の本「中国は崩壊しない 『毛沢東』が生きている限り」陳惠運/野村旗守著
前回、石平氏の本「中国の経済専門家たちが語るほんとうに危ない!中国経済」を紹介しました。そして、石平氏の指摘のように中国はさまざまな課題を抱えているけれども、だからといって近々「破綻の結末を迎える」とは限らないと書きました。
それは、中国の政治体制が”盤石”なためであり、その参考になる本が、陳 惠運氏と野村旗守氏の共著による「中国は崩壊しない 『毛沢東』(ビッグ・ブラザー)が生きている限り」(文藝春秋/2010年1月発行)です。
この本のタイトルの「毛沢東」には「ビッグ・ブラザー」というルビが振ってありますが、ビッグ・ブラザーとは、オーウェルの小説「1984」(1949年発行)の舞台、オセアニア国の指導者の名前(呼び名)でもあります。
本の帯に「中国共産党(レッド・チャイナ)は、オーウェルが描いた恐怖の『1984』的世界を遂に構築した?」とありますが、「1984」のオセアニア国は一党独裁の社会主義国で、歴史や記録、事実は改ざんされ、党員はさまざまな統制を受けていますが、党の徹底した思想教育、プロパガンダにより、党を信じ、従っています。
そのような強固な体制が生きている限り、中国は崩壊しないということを意味しています。
同書「中国は崩壊しない」の「はじめに」には、次のことが書いてあります。
「歴史上中国人は常に強い指導者を求めてきた。皇帝と朝廷に対する中国人の忠誠心は信仰に近いものがある。現代中国の王朝は共産党である。その共産党の象徴が毛沢東だ。この毛沢東に対する信仰が消えない限り中国は崩壊しないと我々は結論づけた」
さまざなま「問題」は、あくまでも「西側」の見方による「問題」で、「中国」の見方では「問題ではない」から、破綻はしないのです。
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石平氏は、著書「私はなぜ『中国』を捨てたのか」に、次のように書いています。
「毛沢東時代のウソの洗脳教育から覚めた時、それでも自分たちは決して幻滅はしなかった。子供の時代からずっと騙され続けてきても、やはり鄧小平たちを信じていたし、共産党に対する最後の信頼と期待を捨ててはいなかった」
「中華人民共和国といえばそれは当然、『自分たちの国』だと思い、北京にある政府も当然、『われわれの政府』だと認識していた」
しかし、天安門事件の犠牲者の中に仲間の名前を見つけたときに、石平氏の認識が変わったといいます。
「この国のことを本当に愛し、本当に思う青年たちを、この国でもっとも純粋で、もっとも愛すべき若い生命を、何の慈悲もなく無差別に虐殺することができた」
「何の罪もないのに、素晴らしい理想に燃えていたのに、祖国への熱い思いを胸一杯に抱いていたのに、彼らは殺されたのである」
「(天安門)事件を一つの転機にして、私自身は、中華人民共和国という国、そしてそれを牛耳る中国共産党という政党に対して、ついにいっさいの愛想をつかして、完全に絶望した、完全に幻滅した」
「少年時代に毛沢東の洗脳教育に一度騙された私たちは、もう一度騙されて、裏切られた」
すなわち、石平氏のような強烈な体験をしない限り、党への「信仰」は続くのです。
そして、天安門事件は、今、中国では「正しいこと」と認識されています。
石平氏の甥は、石平氏に「おじさんのやっていたこと(民主化運動)は、間違っています。党と政府の措置は正しかったと思います。僕だけじゃない。大学では皆、そう思っています」
「おじさんたちのやっていたことは、外国勢力の陰謀じゃないか。鎮圧しないと、この中国は外国勢力の支配下に入ってしまうじゃないか。鎮圧して、どこが悪いのだ」と、言い放ちます。
このように「毛沢東」は生きており、党の威力は絶大なのです。
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この本は7章立てで、さまざまなことが書かれていますが、一部を紹介します。
はじめに 隣国の等身大の姿を直視しよう
第一章 毛沢東神話
- オリンピック選手が毛沢東のバッジをつけて試合に挑んだら金メダルをとれたなど、毛沢東は今も「神」としてすがられている。
- 毛沢東と共産党は、建国直後や文化大革命での処刑、大躍進後の飢餓で、四半世紀のあいだに7000万人とも言われる中国人の命を奪ったが、洗脳と情報統制でこれを覆い隠した。現在でも国内の中国人は大概このことを知らない。
- 中国において王朝の交代は常に暴力を伴うものであり、多数の戦死者は問題にならない。肝心なのは強力なリーダーシップであり、新世代の指導者たちも「強い指導者」をアピールする必要に迫られている。
第二章 二十一世紀中国の新しい共産党
- 愛国教育の成果と、就職に有利という実利のため、大学生に共産党入党ブームが起きている。
- 中国共産党から、農民と労働者による階級闘争とプロレタリア独裁は消え、むしろ、ホワイトカラーを中心としたエリート集団、ブルジョアとしての色彩が強まっている。
- 党員は党員同士を互いに監視し合うが、同時に非党員、つまり社会全体を監視する。
- 中国人は、世の中の不正や悪は、地方の小役人など一部の悪党によってなされており、国家の指導はいつも正しいと思っている。
- そのため、党は度々ガス抜きとして、地方幹部の粛清=解任劇や、企業経営者の逮捕などを行なう。また、国内の矛盾を、日本やアメリカに転嫁させる。
第三章 人民解放軍と武装警察の暴力装置
- 人民解放軍は中国国民の軍隊ではなく、中国共産党の軍隊であり、政府の代表である首相の指示ではなく、党中央軍事委員会の指示で動いている。
- 暴動には最初は警察(公安)を介入させるが、騒ぎが収まらないときは、事実上の軍隊である武装警察を導入する。これで民衆の反乱を抑え込めなかった例はまだない。
第四章 公安と国家安全部の諜報網
- 国民1人に1冊くらいの個人情報集「とう案」が作られており、見ることができるのは公安警官と政府の幹部だけ。本人ですら何が書かれているかわからない。
第五章 扇動と洗脳、そして情報統制
- 国民の思想統制を司る宣伝工作の総本山が、中国共産党中央宣伝部。単なる広報担当部門ではなく、中央政府の政策(指導方針)の研究と立案も行なっている中国共産党の頭脳と言い得る機関。
- 90年代末に突如として起こった日本と日本人に対する激しい憎悪の感情も、大々的な半日運動もすべて中央宣伝部の指揮によって意図的に作り出された。
- 日本国首相の公式謝罪も、日本からの莫大な円借款で中国のインフラができたことも、国民に一切知らされることはなかった。
- インターネットの情報は統制されている。ネット上で行なわれているすべての言論活動は逐一監視されており、問題のある人には公安当局から「近くの店でお茶でも飲みませんか?」という電話がかかってきて、やんわりとした忠告がなされる。
第六章 拝金主義革命
- 第二次天安門事件以後、人々の関心は、手を出すと危険な民主化運動から、党政府も奨励する安全な商業活動へと移行し、金銭万能思想が全国に蔓延した。
- 転んだ老婆を助けた恩人の男性が、老婆から、押されて転んだと損害賠償訴訟を起こされたことから、人々は人間不信に陥り、老人が転んでも助けないという風潮になっている。
- 政府は淮河流域の水質汚染を改善するプロジェクトに1兆円も投じたが、事業の過程での中間搾取のためか、まったく改善されないという結果に終わった。
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第七章 大中華帝国の夢ふたたび
同書は、中国が崩壊しない訳に関して、第七章で次のように書いています。この部分はとくに重要なので引用します。
「専門家たちの論法に小異はあるが、大同は概ね次のようなものである」
「中国国内のバブル崩壊と世界経済の失速が⇒不動産・株価の暴落と輸出急減を招き⇒企業倒産が相次ぎ⇒国中に失業者が溢れて社会不安が拡大し⇒不満を募らせた民衆が各地で暴動を起こし⇒それが現政権に対する反乱へと発展してゆく……」
バブルは「弾けないはずはない」が、弾けても現政権への否定にはつながらない。
「中国共産党の緻密な国家統制システムを考えたとき、人々の不満が現政権に対する大規模な反乱へと転化してゆく公算は限りなく低い」
「中国の国家体制を支えているのは、北京の中国共産党中央政治局常務委員会を頂点とするピラミッド型の党細胞機構である。この強固な骨組みは、容易なことで壊れないし、壊してしまったらそれに代わる器がない。そして、そのことを一番よく知っているのは中国人自身である」
そして、中国首脳部は「たとえ絶体絶命の経済危機に瀕しても、中国はそれを乗り切るだけの最終手段を持っている」と考えている。
「それが、戦争と革命である」
戦争は「経済摩擦を理由に周辺国に言いがかりをつけ、地域紛争を引き起こすだろう」
「まず、狙われるのが台湾だ」
そして「尖閣列島や沖縄やその周辺の諸島に手を伸ばし、日本との紛争も充分あり得るだろう」
「戦争をやって中国に損なことは何もない。少なくとも、戦禍による100万程度の人命損失は、中国にとって大きなリスクではない」
「そして、もう1つの最終手段が革命である」
「49年、共産主義革命によって政権奪取に成功した毛沢東は、国内の地主から資本家の土地や財産をすべて奪って国有化し、労働者や下級農民に分け与えた。もし経済が完全に行き詰ったなら、これをもう1回やればよいというわけだ。現在中国に駐留する外国資本は総額1兆5000万ドルをはるかに超え、(略)中国国民の総預金金額も21兆元を上回った。これをすべて没収した上でふたたび鎖国してしまえば経済問題などたちまちのうちに解決できる」
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おわりに 「友愛」外交は「実利」外交に勝てない
- 09年9月に読売新聞とBBCが行なった合同調査によると、「自国の経済的豊かさが公平に行き渡っているか」という質問に「公平でない」と答えたのは日本人が72%だったのに対し、中国は49%と低かった。
- また、上海の調査機関の全国調査によると、「中国人であることを誇りに思う」人は98%、「今後10年間に中国はさらなる発展を遂げるだろう」と思う人は96%、「国力が増強してこそはじめて個人も発展する」と思う人が97.8%、「すべての中国人は無条件で国家を指示すべきだ」と思う人は95.9%となった。
これは、中国の歴史教育の成果で、「中華文明の偉大さを子供たちの頭のなかに刷り込み、中国人としての誇りを持たせる。その偉大な中華帝国が19世紀半ばからの帝国主義列強の侵略によって蹂躙され」たが、「偉大な共産党」が解放したと、ほとんどすべての国民が信じている。当然「共産党に都合の悪い歴史事実については何も教えていない」。
だから、現在の政治を非難する人がいても、「ほとんどの中国人は、共産党が導く『新中国』を、強く、深く、信じている」といいます。
そして、そういった「中国の外交姿勢は常に実利(それは、すなわち国益であり、究極的には党益ということだ)を最重視し、相手によってたくみに戦術を変え、アメとムチを臨機応変に使い分ける。そのためには、国際社会のルールを破って悪役になることも厭わない」。
故に、日本は「中国をよく知り、ときには中国のやり方を真似、硬軟織り交ぜて日本側の主張を押し通すことが必要である。もちろん、そのためには一つにまとまった日本の強い意志が前提である。私(陳 惠運氏)の眼から見ると、70年代・80年代に満ち溢れていた日本人の自信は、90年代以降跡形もなく消えうせてしまったように見える」とのことです。
さらに、陳 惠運氏は、最後に「中国にも提唱したい」と、次のように述べています。
「中国が真に世界家族の一員になりたいと望むのなら、外面だけでなく内面も開放し、世界のルールを学んでいかなければならない」
「そのためにはまず、言論・報道の規制を大幅に緩和しなければならない」
「せめて一党独裁下での『民主化』を実現するためには、限定的にせよ、まず言論の自由を確保する必要がある。そしてそれは現在の泥沼腐敗から中国を救い出す唯一の方策でもあろうとも思われる」
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この本は、昨年の1月に発行されていますが、陳 惠運氏の提唱も空しく、中国ではその後、前回ブログに書いたように、昨年の7月から「国防動員法」が施行され、今年になってから、メディアに対して、政治・経済・社会問題の報道を厳しく制限する指示が出されています。
しかし、これは当然かもしれません。
中国の盤石な政治体制は「西側」とは違うアプローチで出来上がっており、これまで中国政府は国民に「見せたいものしか見せない」ことで、また、国民も「見たいものしか見ない」ことにより、同じベクトルで「明日」を信じてきました。国が発展し生活が豊かになればもっと幸せになると思い、そうなることを強く願い、信じてきたのです。
ところが、否応なく世界は狭くなってきており、中国の発展と共に「余計な情報」がいろんなところから入ってくる。これまで築き上げてきた体制と、皆が信じている明日を「余計な情報」で壊したくないというのが、中国政府の考えでしょう。
一方で、日本もアメリカも、先進国と言われる国々は、既に中国の目指す物質的な豊かさを享受し、その結果、それだけでは幸せになれないことに気づいてしまいました。「余計な事実」「見たくもない事実」は多く、課題は山積しています。
日本では、経済が停滞し、少子高齢化が進むなか、政府も国民も、目指すべき未来像を描くのが難しくなっています。
けれども、新たな幸せにつながる道はきっとあると、私は思います。その1つの可能性について、後日書きます。
いずれにしても、これまでの先進国は新たなる挑戦のステージにあり、過去にしがみついていては駄目だということははっきりしていると思います。