経済について考える本(2-後半)「日本を破滅から救うための経済学」野口悠紀雄著
この本で取り上げられているのは、2010年度予算ですが、昨年12月24日に、2011年度予算政府案も閣議決定されています。
野口先生は、2010年度予算には「『日本の死相』が明確に現れている」と書かれていますが、2011年度予算案に関しても、ウォール・ストリート・ジャーナル(12月28日)で「Japan’s Superbad Budget」(日本の超最悪な予算案)と評されています。
わかりやすいように、兆を万にして、個人の毎月の支出・収入で考えてみたいと思います。
この人は、給料が37万3960円なのに、92万2992円も使っています。「支出は、借金返済の分が大きいからね」と言っていますが、それ以外も使い過ぎでしょう。
「いろいろとお金がかかるんだよ。約束しちゃった分もあるし。それに、今月改善してるよ。給料増える見込みだし、借金も解約も減って、借金返済増やしてるから」と言っていますが、「まだ改善してるとはいえないんじゃない。そのままだと、大変なことになるよ」と言われるでしょう。
この人(日本の国)が平気なのは、この借金(国債)を、サラ金(国外)から借りているのではなく、家の人(国内)から借りているからです。家(国)のお金なので、この借金(国債)は「将来世代が返済の義務を負う」わけではありません。
けれども、「家計内の貸し借りでも問題は生じる」と、野口先生は言います。その理由について、同書では次のように説明されています。
「夫の借金(国債)は酒代(無駄な財政支出)のためであり、店を経営する妻(民間部門)が、店の改装費(工場などへの投資)を犠牲にして貸しているのだとしよう。その場合には、夫の無駄遣いのために店が改装できず、店の将来の収入は減る(国の将来の生産量は落ちる)だろう」「これまで大きな問題と感じられなかったのは、店の収入が順調に伸びていた(経済成長があった)からだ」
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そして、「国債の消化に問題が生じた場合、インフレが起こる可能性が高い」と言います。
国が「実質の財政赤字を縮小させる」ために、インフレを起こすこともあれば、国債が国内では消化しきれず、国外で買い叩かれて暴落し、円の価値が下がり、国内にインフレがもたらされる可能性もあります。
インフレは物価が一様に上昇することなので、今日100円のパンが、1000円、1万円に値上がりすれば、10万円の貯金があっても、パン1000個買えたのが、100個、10個しか買えなくなり、貯金の価値が下がるということです。人に10万円貸している人は、その価値も下がってしまいます。
だから「インフレが起これば、消費者の実質所得は減少する。年金や定期預金の実質的価値も目減りする。インフレはいったん起これば急速に進行することが多いので、対応する余裕もなく国民生活が破壊されるだろう」。ということで、「インフレこそが最も過酷な税である」といえます。
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さらに、第4章は「厚生年金は破綻する」です。
厚生年金において、政府が行なっている収支のシミュレーションが「現実と比べてあまりに楽観的で非現実的」であるため、野口先生が、現実に即した計算をしてみたところ、「積立金は2033年までにゼロとなって、財政破綻する」結果となってしまった。その説明が書かれています。
第5章は「消費税増税による財政再建は可能か」。
「現在の日本の財政赤字を解消するには(略)(消費税の)税率を30%近くに引き上げる必要がある」。しかし、「消費税増税は政治的に難しいだけでなく、経済的にも問題がある」といいます。
「第一に、増税すればたしかに単年度の赤字は解消され、新発債の発行は楽になる。しかし、これまで発行された国債の残高は残るので、既発債借り換えの問題は残る」。
「第二に、税率引き上げが徐々になされる場合には、将来の物価水準が高くなるという予想が形成されるので、名目金利が上昇する。このため、金利負担が重くなる。また、既発債の時価は下落し、国債を大量に保有している金融機関に多額の損失が発生する」。
よって「こうした点を考えると、はたして増税しても財政再建ができるかどうかに疑問が生じる」といいます。
第6章は「為替レートは何によって変動するか」。
今、円高が「国難」のように言われており、自動車産業など「特定の産業から見れば大問題」だが、「日本経済の長期的な成長」から考えると、「日本経済の構造を、円安なしで成長が可能なものに改革することのほうが、はるかに重要である」といいます。
そもそも「円ドル・レートだけでなく、さまざまな貿易相手国との為替レートの加重平均である『実効為替レート』」で見ると、「09年初から11月末までに、円は、0.2%しか増価して」おらず、「中間にあった。少なくとも、円だけが貿易上不利な立場に追い込まれたわけでは、けっしてなかったのである」。
さらに、円とドルの関係に絞ってみても、「95年以降、実際の為替レートは一貫して購買力平価※より円安だった」。「07年以降、(為替レートと購買力平価の)乖離率は縮小した。しかし、09年1月でもまだ3割程度乖離している。したがって、円ドル・レートが今後3割ほど円高、つまり60円台後半になっても、不思議ではないのだ」といいます。
(※川嵜注:購買力平価とは、同じ商品は同じ値段という考え方で、たとえば、ビッグマックが日本で320円、アメリカで3.73ドルなら、320円=3.73ドル、1ドル=85.8円と考えるものです。同書では、日米の消費者物価指数が用いられています)。
そして、現在の世界では、為替レートの動きには、経常収支ではなく、資本取引が重要な役割を果たしているが、日本の場合、資本取引額、とくに流入は少なく、国際的な資本取引から取り残されている。
「低金利政策が国際的な資本の移動に大きな影響を与えるという認識を持てなかった。それが、ここ数年の日本の経済政策失敗の基本原因である」といいます。
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第7章は「日本が進むべきは高度知識産業」。
「第2次世界大戦後、多くの新しいものが日本に生まれた。しかし、年が経つにつれて新しいものが生まれなくなった。そして、日本社会は固定化してしまった。(略)日本は、新しいものを生み出さず、過去にしがみついたために衰退したのだ」とあります。
そして、「必要なのは、日本の産業構造を改革することだ。具体的には、脱工業化の推進」であり、「新興国の工業化がさらに進んでも高い収益を実現できるような」「付加価値の高いサービス産業」「リーディング・インダストリの養成」が必要であるといいます。
ただし、それは脱製造業ということではなく、「製造業のなかにも、そうした分野はいくつもある」「製造業がコモディティの大量生産から脱却」することだといいます(「コモディティ」とは製品の差別特性がなく、そのため低価格競争に陥りがちな生産物)。
さらに、「日本がめざすべき高度知識産業の1つの形態は先端的な金融業だ」とあります。
日本の対外投資は「個人の家計にたとえて言えば、人のよい(頭の悪い?)にわか成金である。金はうなるほどあるのだが、どう運用してよいかわからない。安い金利で財産を利用され、あげくのはてに踏み倒された」。
「日本には、金融技術は『いかがわしい』と思っている人が多い。(略)『真理を追究する大学で教えるものではない』と考えている人が多い。しかし、対外純資産の3分の1にも及ぶ損害を被る事態に陥ったいま、こうした誤解を放置するわけにはゆかなくなった」。
金融のみならず、日本では、社会人向けの教育、とくに企業経営者向けの教育はなされておらず、「生涯学習税額控除」などもないといいます。
しかし、「経済が変わるためには、それを担う人材の質が変わらなければならない。教育のないところに、進歩はあり得ないのだ」ということです。
そして、「高等教育と並んで重要なのは、人材面で日本を世界に開くことである」。
ロンドン・シティの金融街でも、シリコンバレーでも、さまざまな国から来た人たちが働いている。けれども、日本は、さまざまな分野で、他国の人材、専門家を受け入れないのみならず、「アジアで日本の若者だけが自国内に閉じこもっている」。
「日本人一人ひとりが、攘夷主義、クセノフォビア(外国人恐怖症)から脱却する必要がある。そして、世界に向かって日本の社会と組織を開こう。これこそが、日本を活性化する最も効果的な道である」と、本書は結んであります。
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長崎大学リレー講座でも、大前研一氏、野口悠紀雄氏の考えでも、共通しているのは「日本を世界に開くこと」です。
グローバリゼーションに関して、「ジャパンアズナンバーワン――それからどうなった」には、下記のことが書いてあります。この本は、「ジャパンアズナンバーワン」が出版された1979年から21年後の2000年に、同じ著者により出された本です。
「日本が欧米を目指していた頃は日本人が作り上げた美徳や社会構造はうまく機能した。だが欧米諸国に追いつくことに成功した日本人は、今グローバリゼーションという新しい段階に適応しなければならない。さらに、この10~15年間、日本人はその対応を迫られてきたにもかかわらず迅速な対応を怠ってきた、ということである」
「日本は金融市場を開放するのが遅すぎた。不良債権処理も遅々として進んで来なかった。さらに、幅広い指導力が発揮できるような広い見識と勇気を兼ね備えた政治家を育てることを怠ってきた。それゆえに早急に解決しなければならない問題が山積しているのである」
つまり、2000年の時点で、既に「この10~15年間、グローバリゼーションへの対応を怠ってきた」と指摘されているのです。
その後、2001年から2006年まで、小泉内閣による構造改革が行なわれ、骨太の方針2002年には「グローバル戦略」として「FTA(自由貿易協定)の推進(後に、EPA 経済連携協定と言い換えられる)」「対内直接投資の促進」「頭脳流入の拡大」などが盛り込まれていました。
しかしながら、それからも時代は激変し、問題は山積しています。そして、さまざまな課題に日本が迅速な対応を行なっているかというと、相変わらず後手に回っていると感じます。
グローバリゼーション、日本を世界に開くことは、国益を損なうこと、文化・伝統を壊すことだと言う意見もありますが、迅速に対応しなければ、時間切れになり、それすら守る余地のない、もっと悪い状況になってしまうでしょう。
「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)」に関しても、相変わらず、産業対農業、「輸出産業の利益のために、農業を壊滅させ、自然環境や文化を破壊するのか」という話になっていますが、長崎大学のリレー講座で、寺島実郎氏が語っているような問題解決を一刻も早く行なうべきでしょう。
寺島氏「日本でこれからやるべきことははっきりしている。産業で蓄積してきた技術と資金力をもって、食を支える、食を生かす、戦える力を持たせるというところに方向感をとらずに、どうしましょうかとため息をついているのは、知恵足らずだ。二律背反に見えるものを、問題解決する知恵がないといけない」
野口先生は、相撲に関して「『国技は日本人でなければダメ』などと言っていられないほど、事態は深刻だったのだ。じつは、いま日本全体がその状態にある」と書いていますが、まさにそのとおりだと思います。