長崎大学リレー講座2011 第7回 パネルディスカッション

パネルディスカッションは、6回の講演と基調講演をふまえて、「これからの国づくりにおける大学、及び研究者、教育者、企業、市民、学生の役割」をテーマに行なわれました。

<セミナーデータ>
タイトル:長崎大学リレー講座2011 東日本大震災後の日本を考える
 第7回「大学が担うべき役割」
 基調講演:金澤一郎氏(宮内庁長官官房皇室医務主管、国際医療福祉大学大学院長)
 パネルディスカッション
日時:2011年12月8日(木)18:00~20:30
場所:長崎大学
主催:長崎大学 共催:長崎新聞社
URL:http://www.nagasaki-u.ac.jp/relay-seminar/2011/


■パネルディスカッション

パネリスト
潮谷義子氏(長崎国際大学学長)
宮崎芳之氏(長崎東中学校・高等学校校長、長崎県高等学校長協会会長)
金澤一郎氏(宮内庁長官官房皇室医務主管、国際医療福祉大学大学院長)
片峰茂氏(長崎大学長)
中田英昭氏(長崎大学水産・環境科学 総合研究科長、教授)

モデレーター
須齋正幸氏(長崎大学理事・副学長、経済学部教授)

――(須齋)まず、宮崎校長、潮谷学長から、ひと言ずついただきたい。
宮崎:
震災に際し、各国から励ましの言葉や、日本人の秩序ある行動への賞賛の声が寄せられた。こういった日本人の自制心、勇気、忍耐などは、教育がつくっていると感じた。教育の役割を改めて感じた。
長崎大学は、DMAT(医療チーム)など、すぐに(3月12日)支援に動いている。参加者は、10日分の荷物を持ち、2時間後に学長室に集合、行き先は東北のどこかは未定という状態で集まったと聞いた。
長崎大学が、(国立大学法人に)法人化されてからの企業努力、マネジメントにはすさまじいものがある。自己改革しようとしている。また、多大な貢献をされている。高校側としても、地元の大学にもっと目を向けなければと思っている。

潮谷:学長に就任(2009年4月)してから、来年の3月でやっと1期が経とうとしている。長崎に来てから、原爆に対する共有感があると感じた。エネルギーと制御、安心と安全など課題があるが、新たな知の創造に大きな期待ができる。
「地方の課題は地方で解決していく」ということにおいて、教育の場同士の連携が大切だ。
また、学びの場において、使命の明確化が必要だ。研究だけでなく地域貢献、実践的な教育が求められる。津波による犠牲者で、60歳以上が60%を超えているという話があったが、女性のほうが長寿率が高く、女性の問題でもある。学びの場、地域の場で考えていく必要がある。

―― 中学・高校との連携、そして、教育機関の連携という話が出た。それでは、長崎がもっておくべき課題とは何か? 長崎丸(3/14、支援物資供給のために出した、水産学部の練習船)を出動させた中田先生はどうお考えか?
中田:
「治にいて乱を忘れず」という言葉がある。平時にも(戦)乱を忘れない(戦乱に備えて、準備を怠らない)。日頃、どういう人を育てようとしているのか、改めて問われている。医療、看護、水産など、我々が培ってきた基盤の上で蓄積されたノウハウが、今回(の震災の救援、復興活動で)、発揮されたと感じる。
長崎大学のバッジには船がデザインされているが、長崎大学と海洋との結びつきには深いものがある。
長崎大学は、今、被災地の水産関係の復興の支援も行なっている。現地で水産復興の人材を育てる活動も始めている。被災地は、長崎と同じように日本の水産業を担っている重要な場所だ。被災地の復興は、日本の水産業全体の問題でもあり、重要だ。
また、海洋フロンティアは、日本の再生計画にも掲げられている。長崎を海洋科学の知の拠点として、長崎発の海洋フィールド科学を発展させていきたい。

―― 今回、現地、現場から、学ぶテーマがたくさん見つかったようだが?
潮谷:
陸前高田市の盲目の方が、自分が生きることは迷惑をかけることと、最初は逃げずにいたが、地域の人が一緒に逃げて助かった。その盲目の方の「震災で見えるものはなくなったが、見えないもの、コミュニティが命を支えた」とおっしゃる話を聞いた。家族、地域、社会の絆という、改めて考えていく課題を与えられた。
学生たちが被災地に支援に行ったが、学生たちはそこで、自分たちのほうが元気を与えられ、自分が生かされていることを学んだ。「教育は実践に学び、実践は教育に学ぶ」というが、ボランティアで求められるものは何か、災害ボランティアは普通とどう違うのかなど、考えていく必要がある。

金澤:ともすれば象牙の塔にこもりがちなアカデミアだが、国際医療福祉大学でも、チームをつくって出かけて行った。こういったことは、組織として動くのは遅いが、個人の力はすごいと思う。
しかし、よいことばかりではなかった。現場は混乱しており、好意が伝わらず、適切なことがやれないということがあった。取り仕切る「核」になるものを平時から考えておかなければと感じた。
日本には、日常的に奉仕活動を行なう、キリスト教の教会に値する場所が少ない。お寺さんはそんな機能を必ずしも持っていない。せっかくのボランティアが、仕切ってくれるものがなく、無駄になるというのは、そんなことも関係するするのかもしれない。

宮崎:実際にボランティアに行くという行動は大学生はできるが、中高生はなかなかできない。
学校で、放課後、掃除をしている学生たちがいた。罰当番かと思ったら、そうではなかった。彼らは、募金以外に、体を動かして何かをしたいと思い、自分たちにできる掃除をやっていると言う。子どもたちも情報はつかんでいる。
もう少し何かできないかということで、東京から釜石に支援に行っている医者に頼んで、子どもたちの励ましのメッセージや手袋などを持って行ってもらうことにした。中高生にも、自分たちが何ができるかを考えて、行動に移そうという動きが見られた。

潮谷:国際大学には、岩手から来ている学生がいて、山田町と連携して活動した。現地に拠点をもってうまく連携していくことが大事。
そして、大人が無力感を感じている傍らで、若者たちは、情報ネットワーク、twitterを有効に活用して支援しようとしていた。
山形大学が、「スマイル・トレード10%」という活動を行なっている。日常の活動の10%を支援に使い、できる範囲で、長く支援しようという動きだ。こういった若者たちの活動に考えさせられた。

片峰:震災では、いろいろなことを学んだ。大きな自然の前で、科学がいかにちっぽけか。そして、不信感の中では、科学者の言葉もなかなか入っていかないということ。
さらに、日常性の連鎖の中では、なかなか見えてい来ない長崎大学の良さが見えてきた。長い歴史で培われてきた現場でのサイエンスは、ひとつの突破口になるのではないだろうか。
村上陽一郎氏の話のように、科学に社会のさまざまな要素が絡んできて、科学の不確実性、リスクというのが出てきた。科学に携わる者は、もっとやさしい言葉で説明する責任がある。そして、物事を進める前に、社会とコンセンサスをとることが大事。上流のところで市民の話を聞くいいチャンスになる。

金澤:「我々日本人には、将来の復活に関して楽観的な義務がある」という経済学者の言葉があり、そのとおりだと思う。その一方で 今回の原発の事故に関して、楽観的ではいけないこともある。
事故に対して、原子力関係の方々が、どういう態度であったか? 申し訳ないと謝られた。が、謝るのは、すべてが片付いてからにしてほしかった。まだ進行しているのだから、「こういうふうに片付ける」と言ってほしかった。そういう部分は、ペシミスティック(悲観的)に感じる。
遺伝子の解析なども、コンセンサスが進まないまま、研究が進んでいる。こんなことをやっていいんだろかということが進んでいる。しかし、科学でこれは危ないと誰かが気づいたら、皆の声を聴くべきだろう。社会とのコミュニケーションが必要だ。

―― 現場での学びを、今後、どのように生かしていくか?
中田:
長崎は、アジアの玄関口に位置する。東シナ海に面し、中国、韓国、台湾に近い。果たす役割は重要だ。国際ネットワークを強化し、海の環境、生物資源等、フィールドの研究を進めたい。
また、放射性物質の海洋への影響のモニタリングに取り組みたい。今回、我が国の海洋環境への日常的な監視体制が不十分だと気づいた。過去のデータが貧弱だ。モニタリングを進め、国内外に共有できるようにしたい。

潮谷:今回、自然、経済、社会は連鎖していると再認識した。
また、今回、救済支援に、多様な民族、国からの参加があり、手が差し伸べられた。
国際大学にもいろいろな国から学生が来ているが、異文化の理解とともに、彼らが国や宗教を超えて、人間として学びに来ていることを大事にしたい。
今後、人材育成を考えるとき、質の高い人材、世界に貢献できる人材を、世界、地球に送り出していきたい。

在宅福祉支援に関して、長崎大学、県立大学、国際大学という3つの大学の連携がすでに始まっている。
連携の重要性、方法は、他の国から来た学生にも伝わっていく。彼らは、地球をともに担う人材であり、大事に育てたい。

宮崎:長崎県の教育施策に、国際社会のリーダーの育成がある。
英語にも力を入れ、東高では、バンクーバーでの英語の研修、ハウステンボスでの(米軍家族による)英語の研修も行なっている。
また、中国の学校とも交流している。
中国の学生は、英語で、自分の国の話をきちんとできるが、こちらはまだ弱い部分がある。しっかり身につけさせて、大学にお送りしたい。

長崎大学は、医療などの分野で国際貢献を行なっているが、片峰学長の「長崎大学は、東、東京ではなく、西、アジア、アフリカに目を向けるべきだ」という話を聞いて、素晴らしいと思った。
高校生に対しても、長崎大学が行なっていることの情報提供をし、姿が見えるようにしてほしい。優秀な生徒が、長崎から離れて行かないようにしたい。

片峰:日本は先進国で、援助する国という固定観念があった。それが、援助される国でもあると実感した。
混乱した現場でリーダーシップをとれるのは、やはり国際的な現場で修羅場をくぐった人間であると、実感した。
ボーダレスの時代に入っているが、国際的な現場で通用する、リーダーシップをとれる、グローバルな人材を育成するという方向は間違っていないと思う。
グローバルな人材は、きちんと日本の文化、歴史を語れる必要がある。教育に課せられた課題は重い。

金澤:いま文科省が「これからはグローバル」といっているのは遅いと感じる。しかし、そういう人材をどうやって育てるのか、必ずしも明確にされてはいない。
日常生活も大事だ。フィリピン人の中年女性で、学校では学んでいないのに、英語を流暢に喋れる人が少なくない。テレビで勉強したと言っている。
メディアの中で、自然に英語に触れている。生活の中の英語を増やすように、整備していかねば。

中田:語学に限らず、「他の人とつながる力」が大切だ。他の人がやっていることに、好奇心、興味をもつこと。
大学より前、やはり先生の在り方という感じがする。

―― 社会の果たす役割、学校の果たす役割、ともに重要だ。学生が自ら動く、学生に気づかせることが大事だ。「コミュニケーション」が大切という声が挙がっているが?
宮崎:
コミュニケーション能力は、非常に大切だと私も思う。
高校までは、答えのある課題に取り組んでいるが、大学からは、答えのない課題にも取り組む。
主体性が大事だ。東高では、将来の科学者を育てる試みなども行なっている。

潮谷:今、何のために学ぶのかが、子どもたちに伝えられていない。
ロールモデルとしての先生の在り方が大事。専門領域に優れているのは当然で、他の領域との連携、コミュニケーション能力が大事。
ただ子どもたちの能力を高めればよいのではなく、その能力、知恵を、隣人のためにどう生かすのか、ひとつひとつの命に頭を垂れていくことを教えないといけない。
共生社会が大事だといわれているが、こぼれ落ちている人がたくさんいる。
家庭、大学で、倫理観を教える。もっと幅広い教養を身に着けさせることが求められる。

中田:大竹先生(東大・大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センター センター長/センターは大槌町にある)の大槌町での話を聞いた。アユの稚魚が津波ですべて流されたのに、震災後、調査をしたら、アユが何事もなかったかのように川を遡って戻ってきているという。「自然の脅威」だけでなく、「自然の驚異」「懐の深さ」を感じた。自然を探求していくことに、前向きな力をもつ話だ。
また、畠山重篤さんの「森は海の恋人運動」というのがある(気仙沼市で、平成元年よりスタート。漁民による森づくり、森と川と海を一体としてとらえる)。畠山さんは「人間が元気なら、海はよみがえる」と言っている。学生にもフィールドに出て自然とコミュニケーションする力を養ってほしい。

片峰:大学は地域において何ができるのか、最先端の知を地域とシェアしたいという思いから、昨年、このリレー講座をスタートした。
地域の課題に取り組むことが、世界の課題に取り組むことだと思う。Think global, Act local.Think local, Act global.(地球的に考え、地域で行動せよ。地域を考え、地球的に行動せよ)グローバルに通じる地域の課題がたくさんある。
たとえば、長崎大学は、来年4月に、「核兵器廃絶センター」を立ち上げる。組織的に取り組み、核廃絶に関する情報、知恵を集積していく。

金澤:話を聞きながら、大学の志に学生はどこまでついてきているのかと考えた。私は、文科省の「リーディング大学院」の構想に関わっている。研究者を育てる大学院から、世界のリーダーを養成する大学院へという構想だ。指導者の教育にもなる。大学の高い志を受ける学生が育ってくることを思っている。

片峰:今回、はっきりしたのは、日本も世界も大きな岐路に立っているということ。寺島実郎氏が言った「空気に流されず、自分の頭で考えて進む」ということが求められている。そういったなか、リレー講座で感じるのは、聴衆の熱さ、地域の知に対する熱気だ。リレー講座は、秋冬の定例イベントとして、市民と共に学び、議論し、発信する場にしていきたい。
(以上)