長崎大学リレー講座2013 戸田奈津子氏
<セミナーデータ>
タイトル:長崎大学リレー講座2013 明日を創造する人材の条件
第3回 映画字幕翻訳者 戸田奈津子氏「字幕の裏側 ~異文化理解への道~」
日 時:2013年11月6日(水)19:00~20:30
場 所:長崎大学
主 催:長崎大学 共催:長崎新聞社
■戸田奈津子氏の講演内容
夢が世の中を変える
世の中は移り変わっている。
映画も、フィルム、映写機がなくなり、デジタル化されている。CG(コンピュータグラフィック)、3Dが使われるようになった。
「スター・ウォーズ」は最初、ぬいぐるみを使っていたが、4作目からCGになった。
この作品は、ジョージ・ルーカスが、ティーンエイジャーのときに思いついた話。少年の頭で生まれたイマジネーション。
これを人に伝えたいということで、映画を作り、CGが開発された。
3Dは、ジェームズ・キャメロンの「アバター」が、価値が高い。
キャメロンは、「タイタニック」で巨万の富を得て、お金と時間を3Dの開発に注ぎ込んだ。
カメラから設計し、ソニーとコラボしている。
これも、ティーンエイジャーのときに、キャメロンが思いついた話。立体的に語りたいという思いから、3Dが開発された。
2人とも少年の時の夢がモチベーション。
夢の実現が、CG、3Dの開発となり、世の中を変えた。
字幕は日本の文化
字幕がいいというのは日本だけ。海外は最初から吹き替え(アテレコ)。海外は、字を読むのが面倒というお客さんが多い。
日本は、俳優本人の声を聞きたい、よりリアルなものを正しく理解したいというこだわりから、字幕がいいという要求をお客さんがもっていた。
識字率が高いのも理由。
日本には、じつは誇るべきことが一杯ある。
まず映画ありきの人生
私は映画が好きで、まず映画ありきの人生。
戦後、東京は焼け野原で、飢えたまま。そこに映画が来た。
別世界に見えた。こんなバラ色の世界が地球にあるんだと、日本中が洋画ファンになった。
中学で、英語のテキストをもらったとき、私は、大好きな映画で使われている言葉だから勉強したいと思った。
この世の中で「好き」という気持ちが、一番人を動かす。
恋愛は「好き」だから、相手のことを知りたいと思う。
私は映画が好きだったから、英語を真面目に勉強した。
大学生の時は、教室ではなく、映画館にずっといた。
狭き門どころか門はなかった
大学卒業後、会社に勤めたが、組織がダメで1年足らずで辞めた。
字幕の仕事をやりたかった。しかし、日本で字幕の仕事をしているのは10人ぐらい、すべて男性だった。
狭き門どころか、門はなく、塀に囲まれていた。
10年間、映画の仕事にはまったく関われなかった。本の翻訳やアニメの英訳で食べていた。
映画に関わる
30歳過ぎてから、パートの仕事で、映画の仕事に関われた。アメリカの映画会社の本社から来る手紙を翻訳するという仕事だった。
あるとき、海外の俳優が日本に来るので、通訳をしろと言われた。私は英語をしゃべったことはなかった。けれども、英語がわかる人がおらず、やることになった。
いきなり記者会見の通訳をしたが、英語は下手だった。もう首かと思った。
けれども、首にはならず、また頼まれた。
英語は下手だったけれど、映画の原題がわかるなど、映画の知識があったためだ。
しかし、字幕の仕事は一切来ない。
通訳の仕事は練習であり、機会があればだんだんうまくなる。通じるようになる。
皆、何でも「基本が大事だ」と言うが、私も自ら実験してそう思う。
コッポラのひと声
通訳の仕事では、海外のトップスターや監督と会える。普通、会える機会はゼロの人たちだ。
のべ1000人ぐらいと会ったが、トップの人は、やはりリーダーシップのある、素晴らしい人たちだ。
フランシス・コッポラの「地獄の黙示録」が1979年に出来上がったが、コッポラの通訳の仕事を通じ、ロケ地の海外にも、40代で初めて行った。
コッポラに、何をしたいかと聞かれて、字幕をしたいと言った。
そうしたら、「字幕は戸田さん」とコッポラのひと声でやることになった。
当時、字幕の仕事は1年に1~2本だけで、無名だったが、地獄の黙示録後、手のひらを返したように仕事が来るようになった。
字幕の仕事は、1週間で1本上げないといけないのだが、多いときは、年に40本ぐらいやった。
字幕の仕事は、このように遅いスタートだったので、キャリアはまだ30年にしかなっていない。
日本語力
翻訳、通訳、字幕の仕事は、日本語の力が問われる。
字幕は長いセリフを短く言いかえる必要があり、日本語が問われるのだ。
さっき、日本の識字率は素晴らしいと言ったが、日本も、文字を読むのが面倒くさい、読めない、書けないという、欧米型になってきている。
字幕と吹き替えと選べる、選択肢があるのはいいが、文字を読むのが面倒な人が増えてきたのはよくない。
■戸田奈津子氏の講演 質疑応答部分
字幕で、セリフを省略するポイントは?
映画はお客さんを楽しませるというゴールがあり、ストーリー、プロットがわかるというプライオリティ(優先順位)を考える。
英語の勉強のため、聞き取りやすい映画は?
バック・トゥ・ザ・フューチャーなど。方言やスラングがないもの。
心に残っているフレーズは?
たくさんある。
訳すのは、コメディが難しい。ジョーク、ダジャレは、文化、言葉がわからないと、面白くなく、笑えない。ジェームズ・ボンドは、ダジャレが多くて難しい。
本の翻訳
翻訳者は、自分を出そうとしてはいけない。個性を発揮してはいけない。自分を出すのなら、自分の本を出すほうがいい。
私は、重要なことは本から学んだ。
映画は全部説明してくれるが、本は行間を読むために、頭を使わないといけない。
方言など発音の違いによるユーモアをどう表現するのか?
発音の違いは訳せない。何を言って面白がっているのか、お客さんにわからせることが大事。
有名人による吹き替えが下手だったり、字幕がいまどき使わない古い表現だったりするが
変だと思ったら、映画会社の宣伝部に言ったほうがいい。ネットで言ってもわからない。
日々新しい言葉をどのように学んでいるのか?
英語でわからない表現はネイティブに聞けばいい。映画は大衆向けの娯楽なので、皆がわかる表現しか使われていない。
日本語の流行語はすぐ古くなる。映画はDVDにもなるので、流行語は使えない。
◆ ◆ ◆
戸田さんは、映画が好きで、字幕の翻訳者を志すが、映画の仕事を始めるのに10年、字幕の仕事を本格的に始めるのにはさらに10年かかっている。
諦めても仕方のないぐらいの時間だ。
それでも諦めなかったのは、本当にやりたい「好きなこと」だったからだろう。
好きなことを形にし、それで食べていく、軌道にのせるまでには、時間がかかることがある。
けれども、諦めないかぎり、チャンスは巡ってくる。
備えていれば、急にチャンスが巡ってきたときに、一気に開花させられる。その典型のような人だと感じた。
長崎大学リレー講座2013
杉山愛氏
過去の長崎大学リレー講座セミナーレポート
リレー講座 2012 為末大氏 日本マクドナルド社長 原田泳幸氏 寺島実郎氏
リレー講座 2011 東日本大震災後の日本を考える (2011年10~12月)
寺島実郎責任監修リレー講座 (2010年10~12月)