不安が続くと、知らず知らずのうちに間違った方向に進んでいく

前回のブログで、多くの国は、「脅し」は戦争よりも手軽なので、自国の立場を強くするために続けていると書きました。
一方で、歴史を振り返ると、戦う気はなかったのに、脅しによる不安と緊張が積み重なったことで「引き返せなくなって始まった」戦争も少なくありません。
第一次世界大戦、日中戦争もその傾向があります。
そういう意味からも、不安や緊張が続く状態は、好ましくないのです。
これは、国際政治だけの話ではありません。
不安と緊張が続くと、人も組織も、まずは動きが止まってしまいます。
次に、ストレスから、冷静でない判断、突発的で極端な行動につながることもあります。
不安が続くと、人はまず動かなくなる
一般に、不安や危機感は「行動を促すもの」だと言われます。不安は注意力を高め、準備を促す役割があります。
しかし、不安が続くと、人は動かなくなります。動けなくなるのです。
- 間違えたくない
- 失敗したくない
- 叩かれたくない
そういう気持ちから大きな決断を避けるようになります。
- もう少し情報が揃ってから
- もう少し様子を見てから
- 今決めるのは早い気がする
これは、慎重で賢い判断に見えますが、何も決まらない状態になります。
そして、問題は解決せず、どんどん時間は過ぎていきます。
決断の先送りで、状況は悪化する
不安が強い社会では、「良くする」よりも「悪くしない」ことが優先されます。
- 波風を立てない
- 炎上させない
- 反発を招かない
現在、パレスチナやウクライナが、戦闘が終わりそうなのに、長引いている背景の一つには、国際社会の「決断の先送り」の構造があると考えられます。
大きな悲劇が起きた直後には、強い関心が集まり、不安や怒り、同情の声が一気に高まります。解決のための動きも出てきます。
しかし、すぐに解決しない場合、周囲は無力感に苛まれ、あえて悲劇を見ないようにします。
当事者たちは、忘れ去られ、より困難な状態に陥ります。
- すでに困っている人はさらに困る
- 困っていなかった人も困るようになる
- 声を上げても届かない
状況は悪化し、さらに解決が困難になる、負のスパイラルに陥ります。
逆に言うと、執拗に攻撃やプロパガンダ(情報戦)を続ける側は、周囲が疲弊して離れ、当事者の悲劇が「日常」となることを目論んでいるのです。
パレスチナ人が、1948年に武力で土地を追われてから、国連が「難民の帰還・補償を求める決議」を出しても、「国際人道法上、禁止されている行為」の数々を是正するように訴えても、イスラエルはこれらを無視して、侵略、攻撃を続けています。
そして、パレスチナ人の抵抗運動に対して、「自分たちのほうが被害者である」と主張し、そちらがスタンダードになってきていた側面もあります。
中国がさまざまな手を使って「脅し」を続けるのも、当事者や周囲を疲弊させて、徐々に従わせる作戦と見ることができます。
ストレスが溜まり、やがて爆発も
動かないことで安全を保とうとしてきた人たちも、不安と緊張が長引くと、ストレスが溜まっていき、視野が狭まり、判断の質が下がります。また、問題が解決しないことによる悪影響が発生したりもします。
そして、溜まった負荷は、冷静な判断を妨げ、感情的な反応として表に出ます。
歴史的には、ナポレオンのロシア遠征やベトナム戦争が、冷静な判断よりメンツで、引くべきタイミングで引かずに、敗北を招いたともいえます。
私たちの身近なところでも起きている
これは、国際政治だけの話ではありません。
私たちの社会、職場、家庭でも似たようなことが起きています。
- 問題は分かっている
- でも今は決められない
- もう少し落ち着いてから
決断できない、動けない状態に陥り、問題が解決せず、少しずつ疲れが溜まっていきます。
「状況は変わらない」「もう仕方がない」、そんな諦めムードから、やがて、何らかのきっかけで、次のような気持ちに変わります。
- 怒り・憤り・被害者意識 「なぜこんな目に?」
- 犯人探し 「誰のせい?」
- 冷静でない判断・感情的な反応による行動 「もう、こうしてやる」
この流れが、後悔を呼ぶことは少なくありません。
大切なのは固まってしまわないこと
不安や緊張を感じること自体は、悪いことではありません。
ただ、不安を抱えたまま動かず、先送りを続けてしまうと、その不安は内側に溜まり、やがて冷静さを奪っていきます。
大切なのは、不安と緊張で、自分が固まってしまわないこと。
「不安があるから動けない」のではなく、不安があるなかで、何を小さく動かせるかを考えること。そして、自分が少しでもできることを見つけ、動くことです。
また、自分だけでなく、他人の不安や緊張にも巻き込まれすぎないこと。
問題があると感じるもの、人とは距離を取り、冷静に振る舞うことです。
不安が強い時代だからこそ、立ち止まって、いま何が起きているのかを見つめ直す。
そして、考えること、動くことを放棄しないことで、よい方向へ向かって、物事が動き始めるのではないでしょうか。

