なぜ世界は「脅し合い」をやめられないのか?

多くの国の企業や組織では、「脅す」「威圧する」「恐怖で従わせる」行為は、企業、組織内ではパワハラ(海外ではWPV(Workplace Violence)職場の暴力)として、いまや明確に問題視されています。
また、下請け先、協力会社、取引先、ライバル企業への「脅し」も同様です。
一方で、それらの国々の政府は、他国に対して脅す行為を行なっています。
なぜ国家間では、「脅し合い」が当たり前のように行なわれているのでしょうか。
民間でも「脅し」はメリットがある ―― それでもNGな理由
企業や組織、すなわち民間でも「脅し」には、次のようなメリットがあります。
社内
- すぐ従わせられる
- 反論を止められる
- 表面的な秩序は保てる
下請け・取引先
- 価格を下げさせられる
- 無理な納期を飲ませられる
- 自社に有利な条件を引き出せる
ライバル企業
- 事業拡大や投資をためらわせられる
- 業界内での存在感を高められる
- 敵をつくることで、社内・組織内がまとまりやすくなる
それでも、なぜNGなのか。
もちろん法律で定められていることもありますが、脅しを使った人や、見過ごした責任者が、次のような“現実的な痛み”を受け取ることが多いからです。
社内
- 社員のモチベーション、自主性、創造性、協力体制が低下する
- 不満や隠れた抵抗が生まれる
- 休職者、退職者が出る
- 脅しを使った人や見過ごした責任者が信頼を失う
- 組織の評判が落ちる
- 採用できなくなる
- 組織の業績が下がる
下請け・取引先
- 品質が落ちる
- 信頼、情報提供、協力体制が失われる
- 優秀な協力先は離れていく
ライバル企業
- 規制強化を招く
- 世論や市場の反発を受ける
- 業界の発展が阻害される
- 逆に他社の技術革新や新規参入につながる
脅せば、一時的なメリットはあるかもしれませんが、その代償が早く明確に返ってきて、自分たちの首を絞め、「割に合わない手法」となるからです。
国家間では、なぜ脅しが使われ続けるのか
国家間の関係は、前提が違います。
- そもそも地球レベルでの共同体とは思っておらず、各国と信頼関係を構築し、協力し合う必要性を感じていない(価値観の合う一部の国と、限られた範囲で取り引きすればよいと思っている)
- 国家より上の立場で命令を下す機関がない(国連は、「みんなで決めたルールを守りましょう」と促す調整役。あくまでも、主権国家の自発的な協力が前提。たとえると、マンションの管理組合みたいなもので、上司ではない)
- 強制的に裁く仕組みがない(国際司法裁判所に、判決を力ずくで守らせる力、警察的な力はない)
- 他国より自国(国連の決定や国際司法裁判所の判決、相手国との約束を無視することは、国際的な評価や信頼を失うことになるが、それよりも自国の価値観、都合を優先させる)
そして何より違うのは、脅しによる痛みが、脅した本人になかなか返ってこないことです。軍事的な威圧や強い発言で困るのは、弱い立場の人や一般の人たちです。
戦争が始まらなくても、政府の措置で、あるいは「もしかしたら」という不安で、
- ビジネスや活動の制限が起きる
- 企業は前向きな投資や雇用を先送りする
- 観光やレジャーが冷え込む
- 家計は守りに入る
つまり、お金が動かなくなり、弱い立場の人から打撃を受け、一般市民の生活にも影響が及びます。政権中枢や意思決定者は強い立場なので、影響は遅れて、しかも間接的にしか返ってきません。
そのため、脅しは「使いやすい手段」となります。
「脅し」は戦争より手軽
脅しは
- 実際に戦わなくて済む
- 相手国の反応を探れる
- 国内向けに「強い姿勢」を示せる
- 交渉を有利に進められる
というメリットがあります。
じつは、各国はどこも本気で戦争、とくに第3次世界大戦のような大規模な戦争を望んでいるわけではありません。
戦争をするより脅すほうが手軽なため、強い発言、軍事演習、制裁の示唆、有事を匂わせる言動を多用し、「戦争が起きそうな空気」をアピールしているのです。
欧米諸国の本音 ―― 守りたいのは「自国の生活」
欧米諸国が今、もっとも関心を持っているのは、次のような課題があるなか、自国の社会をどう持ちこたえさせるかです。
- 物価高やインフレ
- 財政赤字
- 社会の分断
- 選挙と政権維持
戦争は、勝っても国民生活を壊します。だから、大規模な戦争は避けたい。
しかし、弱腰にも見せられない。そのため、強い言葉を発するわけです。
ロシアの本音 ―― やめたいが、引けない
ロシアはすでに戦争をしていますが、次のような理由でこれ以上広げたいとは思っていません。
- 経済制裁による消耗
- 人材流出
- 国内の不満
しかし、ここで引けば体制が揺らぐ。「負けた」と見られることは許されない。
その結果、やめたくてもやめられない。攻めの選択ではなく、追い込まれた選択になっています。
中国の本音 ―― 武力を使わず、目標は達成したい
中国は次のような課題を抱えており、最大の関心は「経済と社会の安定」です。
- 不動産不況
- 若者の失業
- 成長の鈍化
武力による戦争は、これらの状況を悪化させるため、リスクが高すぎます。
しかし、台湾統一などの目標は達成したい。
そこで、戦争をほのめかし、多方面から脅しを続けることにより、相手を疲弊させ、徐々に従わせる体制にしようとしています。
北朝鮮の本音 ―― 戦う気はないが、存在を示したい
北朝鮮は、戦争をすれば体制が崩壊します。戦う気はほとんどありません。
それでも、定期的にミサイルを発射し強硬発言を繰り返すのはなぜか。
静かにしていると、世界から忘れられるからです。
北朝鮮にとっての脅しは、戦争の準備ではなく、存在を示すための手段です。
本気で戦う気はないが、脅し合いは続く
以上のように、戦争は「起こすもの」ではなく、「匂わせて」立場を強くするものになっています。そのため、脅し合いは続き、不安と緊張は続きます。
次回は、不安と緊張が続くことが、私たち一人ひとりに与える影響について考えてみたいと思います。

