国家も「べき」で動いている ―― 理想はなぜ衝突するのか

前回のブログでは、「いま、アメリカと中国は何を目指しているのか?」を整理しました。今回、「日本はどこへ向かうのか」を書く前に、前回の補足を入れます。
なぜ米中が対立するかです。
それは、国家にもそれぞれの「べき(こうあるべき)」があるからかもしれません。

アメリカは、ソ連との冷戦後、ずっと、ある「べき」を世界に拡げようとしてきました。
それが、うまくいかなかったため、トランプ大統領は、従来のアメリカの「べき」とは異なる国策を取っています。
けれども、その「べき」も、中国にとっての「べき」とは異なっています。

自由主義を軸にした覇権「リベラル・ヘゲモニー」という考え方

冷戦後のアメリカは「リベラル・ヘゲモニー」と呼ばれる、自由主義的な価値観を軸にした覇権戦略を取ってきました。
自由、民主主義、人権、市場経済。それらは「普遍的な価値であり、世界の安定のために拡げるべき」というのが、従来のアメリカの考え方、「べき」でした。

アメリカは「こういった正しい価値観は、丁寧に説明すれば理解される。今、そうでない国も、やがてこの価値を理解するはず」という前提でいました。

しかし、現実は必ずしもその通りには進みませんでした。
イラクは安定せず、ロシアは西側化せず、中国は民主化しませんでした。
むしろ、反発が強まりました。

身近にも「べき」の違いは溢れている

ここで、少し身近な例で考えてみましょう。
急成長してきたIT企業A社が、老舗メーカーB社を買収したとします。
A社は、フラットで自由な組織、成果主義で迅速な意思決定。
B社は、年功序列、上下関係重視、慎重な判断。

A社はこう考えます。
「こちらのやり方のほうが効率的だ。B社にも導入すれば、組織はもっと強くなるはずだ」
悪気はありません。むしろ良かれと思っています。

しかしB社にはB社の考え方がありました。
「秩序を守ることが安定を生む。急激な変化は組織を壊す」

どちらが正しいのかという話ではありません。
問題は、人にも組織にも、さまざまな「べき」があること、そして、皆、自分の「べき」が正しい、当たり前だと思っていることです。

A社の人は「B社の人に丁寧に説明し、実際に体験すれば分かってもらえる」と考えました。
けれども、B社の人は、「急かされると、品質が守れない」「上下関係があるからこそ秩序が保たれる」と思い、反発につながったのです。

それぞれの国のそれぞれの「べき」

国家も同じです。
アメリカには「自由であるべき」という前提がある。
中国には「統一と安定が最優先であるべき」という前提がある。
ロシアには「勢力圏を守るべき」という前提がある。
それぞれの歴史と体験の中で育まれた「べき」です。

それを「我々の考えは普遍的だから、丁寧に説明し、実際に体験すれば理解してもらえ、変わるはずだ」と考えたところに、リベラル・ヘゲモニーの難しさがあったのかもしれません。

トランプ大統領が「リアリズム」路線に転換

その反省の中で登場したのが、ドナルド・トランプ大統領です。
トランプ大統領が明確に打ち出したのは、

  • 国益優先(America First)
  • 価値観より取引
  • 理想よりパワーバランス

という姿勢でした。
これは国際政治理論で言えば「リアリズム(現実主義)」に近い立場です。

リアリズムの基本はシンプルです。
国家は「道徳」ではなく「国益」で動くべき。
自由を広げることよりも、アメリカが「損をしない」ことを優先する。

つまり、トランプ大統領が行なったのは「理想の輸出」から「損をしない外交」への転換でした。

ある国家の「べき」が、すべての国家に当てはまるとは限らない

では、リベラル・ヘゲモニーは失敗だったのでしょうか。
それは一概には言えません。アメリカによって、民主化し、自由貿易が拡大した国も少なくないからです。

しかし同時に、

  • 価値観の押し付けと受け取られた
  • 反発を生んだ
  • パワーバランスを軽視した

という側面もありました。

重要なのは「自由」という理念そのものが誤りだったわけではないという点です。
問題は「自由は普遍である」「いずれ共有される」という前提が、すべての国家に当てはまるとは限らなかったことです。

他国との「べき」の違いが衝突を生むことも

それぞれの人の「べき」は、その人が守りたい「価値」「こだわり」でもあります。
国家も同じように、それぞれの国に

  • 守るべき秩序
  • 優先すべき価値
  • 譲れない前提

があります。

アメリカが自国の国益を第一にしているように、中国も自国の国益を第一にしていて、相容れないから対立へとつながっているのです。

個人、組織であれば、それぞれの「べき」がぶつかり、収集がつかなくなった際、最後は「法」に則って決めるわけですが、国家の場合、「国際法」に強制力がないため、武力衝突につながることが多々あります。

そういった世界において、それぞれの国家は「何を守るべきか」という問いの中で揺れ動いています。
では、日本は「何を守るべき」と考えるのでしょうか?
次回は、それも踏まえて、「日本はどこへ向かうのか? ―― 高市政権が目指すものと、その可能性」について考えてみたいと思います。