国家は軍縮しても軍拡しても安心できない定め?

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国家は軍縮しても軍拡しても安心できない定め



2000年以上前の人たちは、2000年以上先の世界では、戦争のように野蛮なことは、さすがになくなっていると思っていたかもしれません。けれども現実には、国家は今も争い続けています。
しかも厄介なのは、軍縮しても、軍拡しても安心できないことです。
なぜそうなのか、2200年前のカルタゴとローマの覇権争いと、2400年前の「トゥキュディデスの罠」で説明します。

ローマは、最初から大国だったわけではない

古代ローマといえば、巨大帝国として世界史に登場しますが、ローマがまだ新興勢力だった時代、地中海で大きな力を持っていたのは、カルタゴでした。

カルタゴは、北アフリカを拠点とする海洋国家で、地中海交易を支配する巨大な商業国家でした。アルファベットの大元となる文字を改良し、現在の文字の原型を地中海全域に広めたフェニキア人が移り住んで作った国だと言われています。

一方のローマは、イタリア半島から勢力を広げつつある新興国にすぎませんでした。カルタゴは滅亡まで約668年続いた国で、決して短命な国ではありません。

両国はやがて衝突し、3度にわたるポエニ戦争に突入します。カルタゴの名将ハンニバルは、軍を率いてアルプスを越え、ローマ本土に侵攻しました。ローマは何度も大敗し、滅亡寸前にまで追い込まれます。けれども、最終的に勝ったのはローマでした。

軍縮させられたカルタゴは、なぜ滅んだのか

第二次ポエニ戦争の後、カルタゴはローマに敗れ、厳しい講和条件を課されます。海外の領土を失い、巨額の賠償金を支払わされ、軍事力も大きく制限されました。つまりカルタゴは、軍縮させられた状態になっていたのです。

それでもカルタゴは、商業と貿易によって再び豊かになっていきます。
ローマの政治家、大カトーは、その復興ぶりを見て強い危機感を抱き、元老院で演説するたびにこう言ったと伝えられています。
「カルタゴは滅ぼされなければならない」

ここが、とても興味深いところです。
カルタゴは軍事的には制限されていました。それでもローマは安心しませんでした。軍事力が削がれても、経済力が回復し、再び力を持つのではないか。そうした将来の脅威への恐れが、ローマを動かしたのです。

カルタゴが、軍縮しても経済発展すれば大丈夫だろうと思っていたかどうかは分かりませんが、少なくとも軍事よりも経済再建を優先していたことは、行動からうかがえます。

もし、カルタゴが「軍縮したのだから、まさか滅ぼされはしないだろう」と考えていたとしたら、その読みは甘かったことになります。

恐れすぎても戦争になる。油断しても滅ぼされる

そして、この逆が「トゥキュディデスの罠」です。

古代ギリシャの歴史家、トゥキュディデスは、ペロポネソス戦争について、新興国アテネの台頭に対する、強国スパルタの恐怖が戦争を不可避にしたと書きました。
新しい国が台頭すると、既存の強国が脅威を感じ、戦争が起きやすくなるという考え方、これがいわゆる「トゥキュディデスの罠」です。

先ほどのカルタゴは、大国が新興勢力を十分に警戒せず、結果として逆転される話なので、歴史には、

  • 恐れすぎて戦争になる場合
  • 油断して新興国に敗れる場合

の両方があるのです。

国家にとって難しいのは、この2つの間で判断しなければならないことです。
警戒しすぎれば戦争の危険が高まり、警戒しなければ勢力を逆転されるかもしれない。安全保障とは、そういう不安定なバランスの上にあります。

軍縮にも危険があり、軍拡にもジレンマがある

ここでさらに難しい問題が出てきます。
安全保障のジレンマです。

国を守るために軍備を強化すると、それは相手には脅威に見えます。すると相手も軍備を強化し、さらに緊張が高まる。お互いに「自国を守るため」に動いているのに、結果として対立が深まってしまう。
国際政治では、しばしば「恐れ → 軍備 → 不信 → 対立」という循環が生まれます。

しかし逆に、軍縮すれば平和になるのかといえば、そうとも言えません。
歴史的に、相手が弱いとみると滅ぼしにかかる国はたくさんありました。前回ブログのミアシャイマー氏も、リスクよりもメリットが大きい場合、大国は覇権を拡大しようとすると言っています。国家の存続をかけた行動に、性善説は通用しないのです。

カルタゴはまさに、軍縮させられた状態で、最終的にはローマに滅ぼされました。軍縮にも危険があり、軍拡にもジレンマがある。ここに国家の安全保障の難しさがあります。

2000年前と、あまり変わっていないのかもしれない

ミアシャイマー氏の理論(国家は「存続」のために、道徳性ではなく、合理性で動く)は、歴史を見ても、現代を見ても、その通りかもしれません。

そして、私は、その背景には、しばしば「恐れ」という感情があるのではないかと思います。
ローマがカルタゴを恐れたように、現代の国家もまた、将来の脅威を恐れて動きます。

イスラエルのように、相手が強くなる前に行動しようとする国もありますし、中国とアメリカのように、軍拡が相手の警戒を呼ぶ構図もあります。

「歴史は繰り返す」という言葉がありますが、繰り返しているのは人間であり、喜怒哀楽という感情の仕組みは太古から変わっていないというのも、その行動を知るうえで一理あるのかもしれません。