話し方ひとつで「医師のスキル」が高いと思われるコミュ術の論文

医学生のコミュニケーションスキルを上げる方法
先日の英語論文を読む会「ジャーナルクラブ」は、私の担当でした。
選んだのは、アメリカの大学の論文で、「医学生のコミュニケーションを向上させるための即興劇演習(インプロ)」です。
どういう内容かというと、医学生が患者とのコミュニケーションスキルを上げるために、即興劇の演習を受けた場合の効果を、ランダム化比較試験で測定したものです。
ランダム化比較試験(RCT)とは、対象者を、ランダム(無作為)に、介入あり(するグループ)、介入なし(しないグループ)に分けて、結果を比較するもので、信頼性が高い研究と評価されます。この論文の場合、介入あり=即興劇の演習を受けるグループと、介入なし=即興劇の演習を受けないグループに分けています。
この論文の意図としては、医学生に患者とのコミュニケーションを指導するのは、時間もかかるし難しいけれども、指導の時間が限られるなか、即興劇の演習を通して教えるのは効果が高いのではないかというものです。
演習を受けたグループと受けないグループの全員が、3~4人のグループに分かれて、患者役の人たちに対してシミュレーション(模擬訓練)を行ないます。患者役の設定は、診療のために来院し、その後、入院。状態が悪化し、ケアを受ける。退院するという流れになっています。
患者役の人たちは、患者になりきって、医学生のグループに対する患者満足度と共感的コミュニケーションに関して評価します。
結果としては、演習を受けたグループの評価がおおむね高かったのですが、統計学的に有意な(=偶然ではなく意味があると考えられる)ものは、「注意深く話を聞く能力」と「医師のスキル」についてでした。
「医師のスキル」など、そもそも医学生なので誰も医師の経験はなく、スキルは全然ないにも関わらず、対応の印象からスキルがあるように感じられるのは、なかなか面白いと感じました。
「イエス・アンド」という会話のノウハウ
即興劇は、以前、ビジネスパーソン向けの短時間の研修を受けたことがありますが、相手を否定せずに受け入れることがポイントでした。
アメリカで、即興劇を医療専門職のコミュニケーションのエクササイズとして提供している組織のWebサイトを探して、その方法を調べたところ、たとえば「イエス・アンド(はい、そして)」というエクササイズを行なっていました。相手の発言を肯定的に捉えて、発展させる方法です。
そのサイトの説明を参考にして、自分で「イエス・アンド」と「ノー」(否定的な言い方)の会話例を次のように作ってみました。
イエス・アンド
患者「先生、私、最近すごく疲れやすくて。もしかして何か重大な病気かもしれません」
医者「はい、それは心配になりますよね。そして、疲れやすさの原因はいろいろ考えられます。最近の生活習慣やストレスの状況を詳しくお聞かせいただけますか?」
患者「もしかして、睡眠不足が原因かもしれません。でも、それだけじゃない気がして……」
医者「そうですね、睡眠不足が関係している可能性は高いですね。そして、それ以外にも栄養バランスや運動不足、さらには貧血などの影響も考えられます。血液検査をしてみましょう」
ノー
患者「先生、私、最近すごく疲れやすくて。もしかして何か重大な病気かもしれません」
医者「いや、疲れることは誰でもありますから、それだけではなんとも言えませんね」
患者「でも、今までと違う感じなんです。睡眠不足が原因かもしれませんが、それだけじゃない気がして……」
医者「いや、睡眠不足だったら、寝れば問題ないでしょう。それだけじゃない気がすると言われても、他は何もないんでしょう? 分からないので、血液検査をしてみますか」
「イエス・アンド」は、患者の不安を受け止め、こういう可能性があると説明したうえで、前向きなアプローチとしての血液検査につなげているので、患者は安心し、医者を信頼することができます。
これに対して「ノー」だと、患者は訴えを否定され、伝わっていない、軽視されていると感じ、「分からないので」と言われて、不安は増大し、医者への信頼は損なわれます。
「イエス・アンド」も「ノー」も、医者からすると患者の情報だけでは分からないので、血液検査をするという同じ結論なのですが、患者からすると「医師のスキル」は前者のほうが高く感じられ、後者は低く感じられるでしょう。
即興劇で、共感的コミュニケーションにおけるポイントを学んで、会話の練習をするのは、確かに比較的短時間でスキルは上がり、結果的に患者満足度につながると思います。
話し方ひとつで、相手の安心感や信頼度が大きく変わりますが、私たちの日常生活では、「イエス・アンド」のような相手を受け入れる言い方ではなく、「ノー」の言い方をしていることも少なくないように感じます。仕事の場だけでなく、身近な人との会話でも「イエス・アンド」を意識するとよいかもしれません。