長崎大学リレー講座2011 第1回 寺島実郎氏

昨年に引き続き、長崎大学で、リレー講座が行なわれたので、その内容をまとめました。

<セミナーデータ>
タイトル:長崎大学リレー講座2011 東日本大震災後の日本を考える
 第1回「激動の2011年をどう総括するか」
講師:寺島実郎氏(日本総合研究所理事長、多摩大学学長、三井物産戦略研究所会長)
日時:2011年10月28日(金)18:00~19:30
場所:長崎大学
主催:長崎大学 共催:長崎新聞社
URL:http://www.nagasaki-u.ac.jp/relay-seminar/2011/


■長崎大学長 片峰茂氏

昨年のリレー講座は、アメリカ、中国の変化、なかでも「アジアダイナミズム」という、世界の大きな構造転換がテーマだった。
その後、世界では、中東で民主化が進み、ヨーロッパは債務危機が続き、さらに構造転換が加速している。
日本では、東日本大震災が起こり、より「内向き」「ニヒリズム」に向かっているが、将来に光を見出し、楽天的に進んでいく方向での、解決に向けた議論を行ないたい。

■寺島実郎氏

「3.11」の衝撃

「3.11」東日本大震災の衝撃は、「地震」「津波」「原子力」という3つの要素によるが、地震のみだったら、死者は300人いかなかった。津波で2万人の死者、行方不明者が出た。しかし、自然災害だけなら、これほど暗い秋を迎えてはいない。「原子力」は次元が違う。世界中を震え上がらせている。
自然災害の上に、原子力安全神話の崩壊と、不幸が2重構造になっている。そして、日本はより「内向き」になっている。

アメリカのここ20年

今年、2011年は、1991年のソ連崩壊、すなわち冷戦の終結から20年。そして、「9.11」から10年である。
冷戦後、90年代、アメリカは、アメリカ流の資本主義により超大国となった。90年代型経営者は、グローバル化とIT革命で成長していった。

しかし、「9.11」を境に状況が変わった。アメリカは、テロへの恐怖と軍事力への過信から、アフガン、イラクへと進攻した。しかし、その結果は、1.3兆ドルを費やし、6200人のアメリカの青年を死なせたうえ、中東でのアメリカの影響力も低下させるというものだった。

突然、歴史が変わる?

そんなアメリカだが、今、エネルギー分野において、1859年にペンシルバニアで油田が発見されて以来の高揚感をもって進められていることがある。これは、日本では、まだあまり知られていないことだ。

1859年の油田発見は、これで歴史が変わった。1907年にT型フォードが完成し、それから大量生産が始まるわけだが、自動車と石油がドッキングして、アメリカの産業は大発展を遂げた。
今、これと同じような高揚感をもって進められているのが「シェールガス革命」ともいうべき、エネルギー戦略だ。

しばらく前まで、オバマは「グリーン・ニューディール」で、再生可能エネルギーに力を入れていたが、雇用を生まず、ベンチャー企業も倒れ、国民はあまり恩恵を受けないということで、急に白けてしまった。そして、今、注力されているのが「シェールガス」だ。シェールというのは頁岩という岩だが、この層の隙間に埋蔵されている天然ガスだ。

このシェールガスは中国に一番埋蔵されているが、中国は掘削の優れた技術をもたない。日本の住友金属が、掘削用のシームレスパイプの技術をもっていたりする。

日本は今、再生可能エネルギーにしか目がいっていないが、世の中は、このように、いきなり何かが登場することによって、これまでとはまったく違う方向に向かうかもしれないのだ。

脱原子力に向かわない国々

福島の事故後、日本は、脱原発、再生可能エネルギーへという方向になっている。が、しかし、忘れてならないのは、もし日本が原発をやめても、中国も韓国も台湾もやめないということだ。
そして、中国、ロシアに加え、アメリカ、イギリス、フランスも、軍事としての核を保有している。
だから、原子力の平和利用という観点から、日本は原子力の専門人材や技術を手放すべきではない。海外と力を合わせ、「開かれた原子力」という体制の確立を図ったほうがよいと思う。

私は、今後、エネルギーは、スマートグリッドなどの省エネ技術で1割削減し、3割を再生可能エネルギーで、2割を原子力で、1割をシェールガスで、残りをシェールガス以外の化石燃料で供給するという、新たな「ベストミックス」を提案したい。

さまざまな角度から見る

私は、8月に「世界を知る力 日本創生編」(PHP選書)という本を出した。この中には、親鸞聖人の話をかなりのページを割いて書いているので驚かれる方もいらっしゃると思うが、親鸞の時代も、政治・経済・社会において、大きな構造変化が起きている。そんななかで、親鸞は90歳まで、悩みながら、自問自答の繰り返しで生きている。

物事にはいろいろな側面があり、単純に「こう」という決めつけはできない。固定観念を取り除き、さまざまな角度から見ていく必要がある。時代の変化を、的確にとらえるのはそれほど容易ではないが、いろいろな側面を見て、どういう国にしていくのか、思慮のしどころだろう。
(以上)

          ◆ ◆ ◆

寺島実郎氏の講演では「寺島実郎の時代認識 資料集」という冊子(「2011年秋号」は、全80ページ)が配られます。これは、「時代を的確にとらえるため」(寺島氏)の統計データと寺島氏のメモ、活動などを集めたものです(⇒ 寺島文庫オフィシャルウェブサイト みねるばの森)。

この資料集のデータや寺島氏のメモを見ると、今の日本の一番の問題点は、やはり「富の分配」がおかしくなっていることだと感じます。

まず、日本の実質GDPですが、1990年447.4兆円が、2009年524.8兆円と17.3%増となっています。増えているのです。けれども、全世帯家計消費支出は、1990年31.1万円(月)が、2009年29.2万円(月)と、6.2%減となっています。
これは、勤労者の給与が下がり、可処分所得が減っているからです。すなわち、企業が人件費をおさえることによって、利益を確保しているということです。

日本の企業は、21世紀になってから、リストラとグローバル化、アジア、中国への展開で生き延びています。国内では、非正規雇用者の増加で低所得者が急増、都市中間層(サラリーマン)の収入も減っています。また、不動産と株価の低落で、資産家も財産を失っているのです。ゆえに、消費が低迷しています。

こんな日本ですが、じつは世界に対しては、一番”気前のよい国”です。
対外純資産、すなわち、日本が他国に貸しているお金から、他国から借りているお金を引いた額は、18年連続世界一。国連分担金も、海外援助費も年々増えています。
しかしながら、日本の影響力は徐々に弱まり、存在感は失われています。実際、ODAでも、現地の人も、日本の人も、日本がお金を出していることを知らないことは多々あります。

私は、上海浦東国際空港を利用するたびに、日本はこの空港の建設に400億円出しているけれども、中国の人はそんなことは知らないで、いつもこの空港を自慢し、中国の国力を誇るなあ、と思います。中国中、世界中、そういう場所だらけで、日本はなんて”お人よし”なのだろうと感じます。

統計を見て行くと、ほかにもいろいろなことがわかりますが、平たくいうと、国として”お金を有効に使えていないのではないか”ということを感じます。
有効に使えていないのは、お金だけでなく、人々の能力、企業の力もかもしれません。それらを有効活用する仕組み、コーディネート力が必要ではないかと思います。