長崎大学 寺島実郎リレー講座 第5回第1部 日本ICT産業への苦言

長崎大学主催の寺島実郎責任監修リレー講座 第5回は、Google Japan名誉会長の村上憲郎氏と、経済ジャーナリストの財部誠一氏の2部構成でした。
まず1部の内容です。<セミナーデータ>
タイトル:寺島実郎責任監修リレー講座「世界の構造転換と日本の進路」
第5回第1部「日本ICT産業への苦言」
講師:村上憲郎氏(グーグル株式会社 名誉会長)
日時:2010年12月2日 (木) 14:30~15:45
場所:長崎大学
主催:長崎大学 共催:長崎新聞社

村上憲郎氏の話グーグル(Google)は、1995年にスタンフォード大学の大学院に入学した2人、サーゲイ・ブリンとラリー・ペイジが、博士課程(PhD)をとろうとして始めた研究が元になっている。研究2年目には、スタンフォードの学内で、現在のグーグルにつながるサービスを試験的に行ない評判になっていた。
ここが日本と違うところだが、それを聞いてベンチャーキャピタリストが、会社をつくらないかと持ちかけたため、2人は休学して1998年に民家の車庫を借りて創業した。

スタンフォードからは、ヤフー(Yahoo!)もスタートしている。ヤフーは1995年に創業しているが、これはグーグル創業者の2人が大学院に入った年になる。

よくヤフーとグーグルは競合しているように言われるが、じつはそうではない。今回、日本でヤフーがグーグルのシステムを使うことになったのを、皆、初めてのことだと感じているかもしれないが、以前もヤフーはグーグルを使っていた。

ヤフーもグーグルも、ネット上の情報にたどりつく道筋をつけるというサービスを提供しているが、ヤフーは目次を作り、グーグルは索引を作った。相反するのではなく、補完する関係にある。

私がグーグルを与かったとき(2003年)も、日本ではニフティなどもグーグルのシステムを使っており、マーケットシェアは90%あった。それから1年半後にヤフーは独自の索引を作ったので、シェアはヤフー70%、グーグル20%になった。現在は50%、40%まで戻している。今度は、またヤフーがグーグルを使うので90%に戻る。

ヤフーとグーグルのビジネスモデルは大きく違っている。ヤフーはポータルだが、グーグルのビジネスモデルはシンプルだ。
グーグルのミッションステートメント、会社の使命は、次の3行に表わされている。


世界中の情報を整理して、
世界中の人がアクセスできて、
使えるようにすること

つまり、世界中のあらゆる公開情報にインデックスをつけ、皆がそのインデックスを使って公開情報にたどり着くお手伝いをしたいということ。

このサービス自体は無料で提供している。
なぜ、無料かというと、課金しようと思った途端、軸足が課金しやすいサービスへとずれるかもしれないという懸念を払拭しようと思ったためだ。

グーグルの収入は広告のみ。2009年度のグーグルの世界の売り上げは2兆円で、その97%が広告収入。
そこがポータルと違うところであり、このきわめてシンプルなビジネスモデルがグーグルの強さだといえる。

また、グーグルで一番大切なのは技術で、従業員2万人の半数以上が技術的なバックグラウンドをもった人間で構成されている。

グーグルに関してはいろいろなことが言われるが、先のミッションステートメントと、サービスは無料で提供すること、収入は広告収入のみということに照らし合わせて違うことは、眉唾だと考えていただければ間違いないと思う。

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「しかし、グーグルの検索結果は、人為的に操作しているのでは」と言う人もいる。
けれども、表示される順位は、関連度(Relevancy)順で、コンピュータのプログラムに仕組んである。ページランクなど、数百のルールをコンピュータに覚えこませ、人が介入できない仕組みになっている。

ルールには、正しいもの順、道徳的によいもの順、美しいもの順などは入っていない。そういうルールは我々には決められないからだ。だから、表示は真善美の順で並んでいるわけではなく、その判断は皆さんに委ねられている。

検索結果に人為性は持ち込めないので、広告主とも関係ない。
また、広告も、情報価値がないと駄目だという評価を織り込んでいるため、表示の順番は、「クリック単位×クリック率」でコンピュータが決定している。

「そうはいっても、よく『グーグル八分』という声を聞く」といわれるかもしれない。この言葉は本当に嫌だ。日本でインターネットが怪しい、うさん臭いという印象を、年配の方々がもたれるひとつには、こういうささくれ立った言葉がよく使われるためもあると思う。

「グーグル八分」とはどういうことかというと、検索結果のなかから私たちグーグルが排除しているものがあるということで、その内容は公然とお伝えしている。

児童ポルノ、ドラッグ販売サイト、武器商人サイトは検索できないようにしている。
また、各国の法律に違反するもの、ヨーロッパではナチスを賞賛すること、日本では架空口座の販売サイト、中国では天安門事件、法輪功、その他は検索できない。

中国に関しては大激論があったが、結論的に言うと、私たちの見方は「better than nothing」。検閲を受け入れることに非難を受けながらも、中国の人が何億という他の情報にアクセスできるのなら、そのほうがより正しいだろうという見方だ。

そのほか、排除しているのは、違法SEOサイト、つまり、検索結果で上にくるよう、コンピュータをだますもの。そして、権利侵害サイト。これは、誰かが権利を侵害されたので表示をさせないようにと言ってくるものだが、なかなか悩ましい。
こちらの最初の答えは、当事者同士で話し合ってくださいというものだが、たいてい裁判沙汰になっている。判決が出る前に我々は判断を迫られるが、削除したらそのサイトの人から、削除しなかったら言ってきた人から訴えられる。
これらの削除サイトに関しては公明正大にやっている。

しかし、日本ICT産業への苦言という点からいうと、グーグルに対して、根拠のないことで「これはいかがなものか」と言い募る風潮が日本には無きにしもあらずだ。
グーグルに拮抗する素晴らしい検索システムをつくることで競い合うのはいいが、根拠のないことをあれこれいうのでは、情報競争力は上がらない。

さらに、グーグルはコンテンツを所有しない。それにもかかわらず、「グーグルはすべて無料化の元凶だ」と言う人がいる。
私たちは、情報にたどりつくところまでを無料にしているだけで、その先のコンテンツが有料か無料かは、我々が関知すべきことではない。けれども、日本の風潮は、そういう話で盛り上がる。

グーグルの扱うコンテンツは玉石混交なので、玉のほうが多い塊は別口で検索したほうがいいだろうと分けている。
たとえばニュース、これはジャーナリストが日夜心血を注いで取材した結果。それから書籍、これも著作者、編集者の方がつくりあげた知の集積なので、別枠で検索できるようにしている。

インデックスを作るにあたっても、位置情報、住所や緯度経度は、地図をベースに情報にたどりつくほうがやりやすいだろうと、グーグルマップ、グーグルアースを出している。

数週間前に突如有名になったユーチューブ(YouTube)という動画の共有・検索サイトも、グーグルが運営している。

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それらのサーバーは、全部内作だ。どれくらの量を作っているかというと、コンピュータメーカーとして考えると、世界の3番目か4番目の量を作っているといわれている。工場はもっていないので、我々が設計したものを、外部の業者に作ってもらっている。

それが、クラウドコンピューティングという形に発展した。
クラウドは雲。なぜ雲かというと、雲の絵でネットの構造を表わすようになってきていたのを、私たちのCEOのエリック・シュミットが、これが新しいコンピューティングスタイルだと、4年前に命名したといわれている。

このコンピュータネットワーク上で、我々は、社内システムも運営しているが、パートナーや広告主が、このネットワークを使わせてほしいと言ってきた。300万社ぐらいが使っているが、社員1人あたり年間50ドル、日本では6000円で提供している(Google Apps)。売上のうち、広告以外の3%はこの分だ。

また、我々がサービスを提供しているクラウドコンピューティングのインフラで、自分たち独自のウェブアプリケーションを実行したいという方もいらっしゃるので、「Google App Engine」という形で開放している。

そういう点で、我々の創業者は苦労しながら始めたが、今創業する人は気にせずにスタートできるというよい環境が生まれつつある。

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さて、グーグルが、オバマ政権のグリーンニューディールにコミットする理由について話をしたい。

グーグルはユーチューブを運営しているが、現在1分あたり35時間以上の動画を預かっている。永遠に預かり続けるので、データセンターがとんでもないサイズに無限増殖を続け、なかなか厳しい。

グーグルのデータセンターは、ウェアハウススケール(倉庫規模の)コンピュータというものだが、標準のコンテナの中に数千のブレード(刃のように薄い)型のコンピュータを詰め込んだもので、福岡ドームぐらいのサイズだ。
このデータセンターが全世界にある。グーグルはじつはハードウェアが強い。

このデータセンターは日本には基本的に設置できない。建築基準法違反、消防法違反、労働基準法違反になるからだ。経産省はこれを特区に置こうとしているが、建築基準法は国土交通省、消防法は総務省、労働基準法は厚生労働省の管轄なので、手出しができず、内閣府に挙げている。
日本でも設置したケースはいくつかあり、これから作るとも言っているが、もう何年も時間がかかっている。日本のICT産業はアンテナも低く、感度も鈍くなっているといえる。

グーグルは電力コストの低減ということを心がけている。PUE(Power Usage Effectiveness)という指標があり、これは、データセンター全体で使っている電力量を、IT機器が使っている電力で割った値で、理想値は1.0。
日本は統計もないが、2.0を切れていないだろうといわれている。アメリカが今1.7で、来年度からスタートするデータセンターは1.2を切ろうという申し合わせをしている。グリーンITにおいても、アメリカはそういう目標値を掲げてやっている。
グーグルでベルギーに新しく作ったデータセンターは、PUEが1.1近傍までいっている。

しかし、1.0になって、いかに省エネ化しても電力は要る。そこで、今後、化石燃料という不安定なエネルギーに依存する電力ではなく、再生可能なエネルギーをとりこんでいかなければということで、グーグル本社は、太陽光パネルを敷き詰めて、オフィスの電力需要の3分の1をまかなっている。
また、「Clean Energy 2030」という提言も行なっている。2030年までに化石燃料をやめて、再生可能なエネルギー、風力、ソーラー、地熱発電に替えませんか、皆で省エネしませんかという提言だ。

グーグルは、自分たちのデータセンターの電力をいかに安定的に確保するかということで、グーグルエナジーという電力会社までつくっている。

ICTという世界で、日本ではどうしても閉じて考える。弱電と呼ばれるコンピュータ系の人たちは、強電と呼ばれる電力系とは連絡をもたない。関連性が生まれているという感度が低い。その典型がスマートグリッドだ。

スマートグリッドは、いわゆる電力網のインテリジェンス化で、インターネットが「人と人」とのコミュニケーションから、いよいよ「人と物」「物と物」とのコミュニケーションという形で展開するという流れだ。

スマートグリッドは、オバマ政権がITのニューディールのひとつに挙げており、私は日本へのエバンジェリスト(啓蒙者)の役割を果たそうと、昨年1月にあいさつ回りをしたが、誰も知らなかった。
3カ月ぐらいいろいろなところで話をし、理解が及び始めても、日本のICT産業の人たちには「スマートグリッドは強電の話ですよね」といわれた。

スマートグリッドは、電源にインターネットが寄り添う仕組み。インターネットが物とのコミュニケーションになってくるとは、たとえば、電力積算計がtwitterのアカウントをもっていて、世帯主に「電力を使いすぎ」とつぶやいてくれる。
このスマートメーターの制度検討を始めているが、とてつもない抵抗の中にある。さまざまなことで議論している。しかし、そういう場にも日本のICTの人たちは出てきていない。私たちグーグルとGE、IBMという黒船勢が一生懸命やっている。

日本でも、スマートコミュニティ・アライアンスという、スマートグリッドを推進する団体ができたが、つい先ごろまで、日本のICT産業の人たちは、自分たちの話ではないと思い込んでいた。
アメリカでは、グーグル、オラクル、IBM、シスコが入っているのが2年前からわかっているのに、日本のICTベンダーはまったく関心を示さなかった。

このスマートグリッドのインフラはこれから社会生活を大きく変えていく。さまざまな課題も山積している。いろいろな地方自治体が小さなプロジェクトを始めている。長崎市も長崎大学とタイアップし、企業を巻き込みながら進めていけば、チャンスがたくさんあると思う。
(以上)

          ◆ ◆ ◆

「グーグルに関してはいろいろなことが言われる」「根拠のないことで『これはいかがなものか』と言い募る」と、村上氏がおっしゃるように、本当にたくさんのことがまことしやかに語られています。

これらの噂話、なかでも根拠のない批判と、日本のICT産業の閉じた考え、「アンテナも低く、感度も鈍」いところに、村上氏は苦言を呈したいということでしょう。

しかし、それは由々しき事態、とくに「閉じた考え」はいろいろな人によく指摘されるところでもあり、国益、さらには地球規模の利益の機会も逃してしまう残念な部分ではありますが、ある意味、仕方がないことかもしれません。

仕方がないというのは、村上氏はITの世界的なリーディングカンパニーであるグーグルの人ですから、そういった先頭を走っている人、広い世界にいる人からすると、皆が遅く、閉じていると見えるのは仕方がないだろうということです。
そして、後ろを走っている人、狭い世界にいる人には、自分のアンテナの低さや、感度の鈍さは、指摘されてもよくわからないでしょう。

だから、前を走っている人、広い世界にいる人は、状況が改善されるよう、ひたすら啓蒙活動を続けたり、よりよい仕組みをつくるべく、国や関連各所に働きかけるしかないと思います。
それが、遅々として進まない、反応が鈍いというのは、もういろんな業界、関係者が常に言っていることでもあります。私の知人の経営者も皆言っています。私も主に役所の人とよく喧嘩しています。

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ところで、話を聞きながら、客層を見て「皆、わかっているだろうか?」と心配になった部分もあります。PUE、スマートグリッド、スマートメーターはもとより、ICT産業、データセンターやサーバー、SEOやクラウド、その他いろいろな言葉・説明にイメージがわいただろうかと思いました。

IT関連の言葉もそうですが、ビジネスや、業界の言葉は、普段まわりが、それをわかっている人ばかりだと、普通に使ってしまいますが、関係のない人、知らない人にはわからないものです。
昨年、ewomanの読者の人は「クラウドコンピューティング」は知っているだろうと思っていたら、知らない人が8割以上でした。えっ、3年前(2006年)から使われている言葉なのに、などといっても、関係のない人にはピンとこないものです。

もちろん、演者が何を言いたいかというコアな部分がわかればいいとは思いますが、村上氏が「用意した話の半分ぐらいしか言えていない」とおっしゃっていたので、なおさら伝わったか不安になりました。
しかし、少しでもニュアンスが伝われば「better than nothing」かもしれません。

リレー講座はいよいよ次回(12月16日)で終わり。次回は、寺島実郎氏の閉めの講演(日本創生への視座 ~日本の閉塞感を突き破る構想とはなにか。経済と産業、そして国際関係の創造的未来ビジョンは何か)と、フォーラム(パネルディスカッション)です。

フォーラムのテーマは「新しいアジア太平洋時代における長崎の『知』とは」で、パネラーは、寺島実郎氏と、長崎市長、長崎県知事、長崎大学スタッフとのことです。

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