世界が「村」になっている今、「どこに属するか」が大事?

分散投資がリスク分散にならない

「どんなポートフォリオ(銘柄の組み合わせ)でも、分散投資があまりリスク分散にならないのでは?」ということを、以前から友人と言っていたのですが、その傾向が高まっていると感じます。

「ポートフォリオ」というのは、もともと「書類入れ」という意味で、デザイナーなどの作品集という意味だったりもするのですが、ここで言っているのは、株など金融商品の投資先の組み合わせのことです。

「アセットアロケーション(資産配分)」も似たような言葉ですが、これは、外国株式を何%にして、国内株式を何%にするというような配分のことで、「ポートフォリオ」は、具体的にどんな銘柄にするのかということです。

これまで、国内株式、外国株式、外国でも新興国、IT系などいろいろ分けて、リスクを分散させようという「分散投資」の考え方が、投資の基本と言われてきました。今もリスクを分散させるのは基本なのですが、世界が連動し、たとえばニューヨーク市場で株価が下がると、翌日、日本や他の国の株式市場も下がるなど、リスク分散しにくくなってきていると感じます。

世界のどこにいても、各国の情報が瞬時に入ってきて影響を与え合う、よくも悪くも世界が「ひとつの村」のようにつながっていると、今回の新型コロナウイルスのパンデミックでも感じました。

どんな価値観でつながるのか

しかし、ひとつの村といっても、そこにいる人々の価値観、考え方はさまざまです。

コトラーのマーケティング3.0 ソーシャル・メディア時代の新法則」(日本語 2010年刊 朝日新聞出版)という本に、「グローバル化のパラドックス(逆説)」として、「グローバル化はナショナリズムを呼び起こす」「均一な文化ではなく多様な文化を生み出す」ということが書いてあるのですが、そう思います。

世界のさまざまな情報が簡単に入手できることにより、「自分はここに所属している」という所属欲求が逆に高まる気もしますし、ネットでのつながりも、大切なつながりのひとつになり、これまでの「近い場所=仲間」から「近い価値観、考え方=仲間」と、なってきつつあるのではないでしょうか。

逆に言うと、「近い場所の遠い価値観、考え方」の人たちとは相容れない、お互いに怒りを感じる時代で、アンガーマネジメントのニーズが高まってきているのかもしれません。

コトラーの本は、「コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則」(日本語 2017年刊 朝日新聞出版)も出ていて、これは、3.0の発展版のように感じられますが、顧客と「つながること」の大切さが強調されています。

マーケティング3.0では、商品を提供している企業自体の姿勢に顧客が「共感」し、顧客も仲間として一緒に商品や文化をつくっていく「共創」について書かれていますが、マーケティング4.0では、さらに「共創」で顧客が自己実現していくことも書かれています。

ビジネスを提供する・しないに関わらず、自分はどんな価値観、考え方を大切にしたいのか、何を優先するのか、何に共感したい・共感してほしいのかなど、ある意味、生き方のベースの部分が問われている気がします。

さらに、自主的に「どこにも属さない」という選択をしたのではなく、結果として「どこにも属せない」状況なのは、世界という村のなかで、かなりの孤独感を感じるかもしれません。