経済について考える本(1)「お金の流れが変わった!」大前研一著

世界経済は相互に関わっており、先行き不透明とはいうものの、不安要素と現状について確認しておいたほうがよいだろうということで、いろいろな本を読んでいます。たくさんの本が出版されていますが、何冊か紹介します。

まず、今回は、大前研一氏の「お金の流れが変わった! 新興国が動かす世界経済の新ルール」(PHP新書/2011年1月発行)という本。
帯に「アメリカ?中国?メディアはなぜ最前線を伝えない!」とあり、「中国?」となっているのがミソです。すなわち、この本のいう新興国は中国ではないということです。

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新興国といえば、そのトップランナーが中国では?と思います。
長崎大学のセミナーでも「中国は急ピッチに台頭している。一時的な挫折はあっても、2020年まで経済成長は続く」(沈才彬氏)と言われていました。
しかし、本書には「アメリカだ、いやこれからは中国だと日本が右往左往しているあいだに、世界経済の様相は大きく様変わりしていたのだ」とあります。

「中国は今後、内需大国として、世界に対しいま以上の存在感を示すようになる――つい最近まで、だれもがこう確信して疑わなかった」。それが、「中国ではここにきて、さまざまな問題が顕在化してきた」というのです。

その問題のひとつは「国民の怒り」。「仮に中国のGDP成長率が6パーセントに落ち込めば、繁栄から取り残された国民の怒りは頂点に達するだろう」。
もうひとつが「バブルの崩壊」。住宅の借金は、日本の場合、バブルのときでも、将来見込まれる年俸の8倍から10倍だったのが、中国の場合は「年俸の100倍以上を借りている人もめずらしくない」。
中国政府の引き締めと緩和で「中国経済はヨーヨーのように乱高下をくりかえすことになるだろう」「いずれにしても、このバブルはいつ弾けてもおかしくない状況」とあります。

中国が抱える問題について、この本には詳しく書かれていないので、後日、別の本を紹介するとして、それでは中国が「新興国が動かす世界経済の新ルール」の「新興国」ではないとしたら、それはどこなのか? また、「メディアが伝えない最前線」とは何なのか?

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本書には、「これからの世界経済を考えるうえで、絶対に無視できない存在がある。(略)『ホームレス・マネー』がそれだ」とあります。

「ホームレス・マネーとは、投資先を探して世界をさまよっている、不要不急で無責任きわまりないお金」で、出所は大きく分けて3つ。1)古くからOECDに加盟している国々の余剰資金、2)オイル・マネー、3)中国マネーで、合計約4000兆円。ウォール街などの、わずか600人ほどのファンドマネージャーによって、いわばマネーゲームに興じられており、世界経済は、この「ホームレス・マネー」に翻弄されているといいます。

たとえば、「高金利でホームレス・マネーを集め、一人当たりのGDPが世界第四位にまでなったアイスランドは、リーマン・ショックを境にいっせいにそのお金を引き揚げられ、ひと晩で国家が事実上、破綻してしまった」とあります。

そして、この「ホームレス・マネー」を今、惹きつけているのが「新興諸国」で、具体的には「VISTA」すなわち、ヴェトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチンに加えて、ナイジェリア、フィリピン、もしくは「VITAMIN」すなわち、ヴェトナム、インドネシア、タイ、トルコ、アルゼンチン、南アフリカ、メキシコ、イラン、イラク、ナイジェリアだといいます。

すなわち、このような新興諸国に「比較的長期志向のホームレス・マネーが流入して」いる。「おそらくこれは、民から民へと国境を跨ぐ、人類がはじめて経験するカネの動き」であり、「そのような資金によって新興国の企業が栄えれば、雇用が生まれ、働き口がないために外国で就業していた経営能力のあるエリートが戻ってくる。そうすれば、さらに企業業績は伸びる。そういう好調な国の通貨は強くなり、通貨が強くなれば、株式市場の上昇と合わせて二重の効果をもたらす」と説明されています。

注目国として、インドネシア、トルコなどが挙げられていますが、どことどこの国が、というよりも「世界は多極化し、欧米だけではなくBRICsやVITAMINなどの”超有望先進国候補”が続々と生まれてきている。その世界観は米中だけでも東アジアだけでもない。まさにグローバルなスケールで、島宇宙にも似た『50年前の日本と同じポテンシャルと規模をもつ経済』が20くらい形成されつつあるのだ。この新しい21世紀の世界観をもつことが日本の再活性化には不可欠だと考える」とのことです。

だから、日本の外交戦略としては「せめて新興20カ国くらいは専門要因を育て、正面から国交の緊密化に取り組むことを考えなければならない」し、企業も「パナソニックぐらいの規模であれば、やはり新興20カ国それぞれについて専門家を育て、1国につき100人、少なくとも10人は人材を用意する必要がある」。個人も「成長の機会が限られている日本を飛び出して、世界のどこに行っても活躍できる実力を身につけなくてはならない」とあります。

「時代は、これまでとまったく違う局面に入った。そこで問われているのは、わが日本人のもつ世界観の『チェンジ』なのだ」ということです。

長崎大学のセミナーでは、「先進国から新興国へ、世界が変わった」ということが、財部誠一氏、寺島実郎氏などによって語られましたが、その新興国は中国を中心としたアジアでしたので、大前氏の「島宇宙」は、それよりも規模が拡大しているといえます。

「世界のどこに行っても活躍できる実力を身につけなくてはならない」という方向性は同じだといえますが。

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同書では「まだまだ日本企業が伸びる余地は無数にある。(略)発展する巨大新興市場に注力し、いまこそ日本企業は新しい成長戦略を描くべき時期ではないだろうか」と言っています。

そして、この新興市場に打って出る戦略に加え、「日本が『閉鎖国家』を抜け出して奇跡の反転を起こし、世界に冠たるグローバル国家へと向かう具体的な秘策」も、挙げられています。

それは、「税金を経済成長の原資にするという発想。これを根本からやめ」、4000兆円のホームレスマネーや1400兆円の国民の個人金融資産を呼び込む方策です。
「湾岸100万都市構想」として、ペンペン草地帯となっている工業地帯を、住宅地や商業地に替え、「21世紀にふさわしい近代都市として徹底的につくりなお」し、「超高級住宅地」にする。「百年前のニューヨーク、二百年前のロンドン、三百年前のパリのような都市づくりを」「東京だけでなく、横浜や大阪などでも進め」、世界中からお金を集めるというものです。

そして、「日本人の特徴である『内向き、下向き、うしろ向き』の三拍子をかなぐり捨てて、『外向き、上向き、前向き』に私たちは進んでいかなければならない」と結んであります。

同書に書いてあることをまとめると、日本は「島宇宙」のような「新興諸国」20カ国くらいに注力し、国交を緊密にし、企業はそこに進出し、個人もそこで活躍するとともに、日本にも新たに「湾岸100万都市」をつくり、内外からお金を集めるということです。
すなわち、世界をフィールドとして、発展する地域に進出するとともに、国内にも魅力をつくり、世界を引き寄せることで、「世界に冠たるグローバル国家へと向かう」というものです。

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大前氏のこの考えは、週刊ダイヤモンド新年合併特大号「開国か鎖国か 2011 総予測」のインタビュー(P40-42)でも、次のように語られています。

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まず「2011年以降の世界経済をどのように予測しますか」という問いに、「世界のおカネの流れが変わった」ということで、「世界一の経済は新興国の総和」「次に大きいのはEU」「3番目が米国、4番目が中国、5番目が日本」と答えています。

次に「日本経済はどうなりますか」「日本に明るい未来はないのでしょうか」という問いに、「国内の消費はダメだが、新興国は爆発的に伸びている」「『日本の景気はいつ回復する?』なんて聞かないでほしい。光の当たっているところに行けば、景気は回復しています」と、新興国に打って出る考えが語られています。

そして、日本人の内向きを変えるためには「人材教育しかない」と、フィンランドやデンマークの世界のリーダーになるための教育について語るとともに、勉強しない日本の高校生、大学生のあり方に「こんな国に教育は任せられないという意識を親が持つべきです」と述べられています。

さらに、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加に関して、農業の最適地である海外と「日本が競えるわけがない」、農業に参入した若い人は「即死」してしまうので、「日本の若者が世界各国で日本式農業を行い、その作物を日本がTPPのルートで輸入する」、その若者は政府がお金を出して育てるという方法が述べられています。
また、「自分の国にチャンスがなければ国外へ出る」「若者がひきこもっていてはダメです」と語られています。

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こうして大前氏の考えを見ていくと、日本という閉じられた範囲の中で物事を考えるのではなく、自ら「光の当たっているところ」に出て行くと同時に、光を入れる方策を考えれば問題は解決する、そのためには、外向きの人材を育てる教育が大事だということになるかと思います。

もっとも教育の問題は、「お金の流れが変わった!」の本には「文部科学省に変われと叫んでいるようでは間に合わない。気がついた人がみずから変わっていかなくてはならないのだ」と書かれています。

多くの人は「時代の空気」に影響されます。
日本が暗いのは、光を入れず、自ら「天岩戸」に引きこもっている感もあります。政治が「天宇受賣命(アメノウズメ)」になれないのなら、なれる企業、なれる人がなって、引っ張るしかないのかもしれません。