100のリストが書けない理由

「一生のあいだに実現したい100のリスト」というのがあります。文字通り、自分が一生のあいだにやりたいこと、得たいものを、100個書くというものです。

この「100のリスト」、私は30代のときに知り、面白いなあと思い、その後、自分のワークショップや大学の講義にも取り入れています。

けれども、なかなか100も書けないという方が多いです。

私のワークショップ、講義では、一定の時間内に書いてもらっていますが、時間の制約がなくても、それほどたくさん書けない、50個も書けない、いや20個、10個も書けないという方も珍しくありません。

「一生のあいだ」なので、何十年も先のことまで書いてよいし、コミットメント(実行するという約束)を求めているわけでもないので、願望を自由に書けばよいのですが、「思いつかない」と言われます。

数を増やそうとすると、「明日はゴミの日。ゴミを捨てる」などのto doリスト、「コンビニでパンを買う」などの買い物リスト的な内容が入ってきます。
わざわざ一生のリストに入れなくてもよさそうな内容ですが、それ以外思いつかないという方が少なくありません。

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では、100のリストに書くことを思いつかない人は、実現したいこと、得たいものが少ないのかというと、そんなこともありません。

「これどうですか?」と、例を挙げるなり、人のリストを見たりすると、「あっ、それ、やりたい(欲しい)」というものがどんどん出てきます。

それは、たとえて言うと、レストランで、メニューがなくて「何でも作りますよ。何をどんな材料で、どう作ればよいか指示してください」と言われると、これを食べたいと強く思っているものがない場合、けっこう困るのと似ています。
さらに、「1か月分の食事のリクエストをお願いします」などと言われたら、もっと困ります。

けれども、メニューがあり、おすすめの料理を提案してもらうと選べるし、そのほうが楽、1か月分になると、嫌いなものや条件(例:野菜を多く、バランスよくなど)を伝えて、お任せしてもよいぐらいです。

100のリストも、普段から「将来的にこうしたい」「これが欲しい」と思っていること以外はイメージが湧かず、100も書けないのです。

さらに、多くの人は知らず知らずのうちに自分の頭や心にブレーキ(ブロック)をかけていて、発想が狭く小さくなっています。

他の人から見ると、その人にはもっと可能性があり、こうすればよいじゃないかと思えることも、本人は考えられなかったりします。

たとえば、「これをしなければ」と勝手に義務のように思い込んでいたり、「私はこうだから(例:長男だから、女性だから、小さな子どもがいるから)我慢しなければならない」と決めつけていたり、「私はどうせ~だから(例:能力がないから、お金がないから、知り合いが少ないから、若いから、年だから)とあきらめて、自分で自分を勝手に縛っていることがあります。

このブレーキ(ブロック)を外すためには、ときどき「何それ?」という『変てこな質問』を自分に投げかけてみるとよいでしょう。

変てこな質問って? ということで、続きは明日。

付録:100のリスト(PDFファイル)です。書いてみてください。